「ノー」から始まる『逆転交渉術』
島田久仁彦さん読書会後インタビュー

フライヤー主催のオンライン読書コミュニティflier book labo。その主要な活動として、1冊の書籍をテーマに語り合うワークショップ「LIVE」があります。今回のゲストスピーカーは、国際交渉人・紛争調停官の島田久仁彦さんです。紛争や和平交渉の現場で数々の問題解決に尽力され、現在はビジネスパーソンなどに経験談や交渉のスキルを伝える活動にも取り組まれています。

島田さんが取り上げた1冊は『逆転交渉術』(クリス・ヴォス、タール・ラズ著、早川書房)。交渉では「ノー」を言わせるところから始まるという逆転の発想を展開する著書を題材とし、交渉のコツを伝授していただきます。

ノーから始まりイエスに終わる交渉の極意とは何か。数々の紛争調停に立ち会い、解決に導いてきた島田さん。交渉の道を歩まれたきっかけのエピソードとともに、インタビューでご紹介します。

交渉はノーから始まる

本日の読書会は刺激的でとても面白かったです。

参加者との距離が近く、双方向でコミュニケーションができました。書籍を通じて話題を膨らませていくこの会は、とてもクリエーティブな空間、時間でした。

題材に選んだ『逆転交渉術』は、他の交渉の関連書とは一線を画す内容だと感じています。私自身の交渉スタイルを整理し、見直すきっかけともなった思い入れのある本です。

(交渉関連書の定番とされている)『ハーバード流交渉術』には“Getting to Yes”の「イエスに辿り着く方法」が書かれています。一方で『逆転交渉術』は、「交渉はノーから始まる」と説いています。より相手に喋らせる、そして本心を明かさせるために、ノーを突き付けるなど挑戦的な問いを相手に投げ掛けるやり方です。

交渉で最も重要なのは、全身を耳にして相手の話に聴き入ることです。相手が考えている事柄のうち、本人が気付いていないことも実はたくさんあります。相手がそれに気付くためのお手伝いをすることが、調停官や交渉人の仕事だと私は考えています。

逆転交渉術
逆転交渉術
クリス・ヴォス,タール・ラズ,佐藤桂(訳)
早川書房
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逆転交渉術
逆転交渉術
著者
クリス・ヴォス タール・ラズ 佐藤桂(訳)
出版社
早川書房
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人間が好き

調停官となったきっかけは、高校時代に国連や地球環境問題に関心を持つようになったことです。

でも実は、それ以前はNASAで働きたいと思っていたんです。宇宙に魅せられ、NASAに行って宇宙ステーションをつくりたいと本気で考えていました。

宇宙工学を学ぼうと、14歳のころに必死で和英辞典を繰りながら、拙い英語でマサチューセッツ工科大学に手紙を出したんです。熱い思いが伝わったのか、「すぐにこっちに来なさい」と歓迎する返信をもらいました。

結局当時は諸事情で行けなかったのですが。私は当たって砕けろというか、思い立ったら即行動するようなところがありますね。

その後、高校2年の時、近所に住んでいた米国人のご家族がNASAで働いていると知り、電話で相談してみたんです。その際、「人間とコンピューター、どっちが好きか」と聞かれ、「もちろん人間だ」と答えたら、「ならNASAはやめといたほうがいい」と言われまして……。宇宙ステーションをつくるには機密情報も多く扱うことになり、どこかに閉じ込められ、世間から隔絶したスペースで仕事や生活をすることになるよ、と諭されました。

そこから考えをあらため、酸性雨によって枯れてゆく森林など環境問題を入り口に、国連の仕事に関心を持つようになり、実際に国連で働き始めました。環境問題から入ったはずが、人権高等弁務官で後に国連事務総長特別代表となったセルジオ・デメロ(2003年にイラクの爆破テロで死去)に師事したことがきっかけで、紛争の現場、調停の交渉に何度も携わることとなりました。

決めつけないこと

交渉において、「あなたはこうでしょ」などと決めつけてはいけません。話し合ってきたことを整理し、「考えていることはこうでいいんですよね?」とまとめるのはよいのですが、「あなたはこうですね」と人格や性格を決め付けてしまうと「ほっといてくれ」と反抗心を掻き立ててしまいます。

また、どんなに嫌いな感情を抱いている相手も、ずっと避け続けることはせず、一度は関心を向けてみることです。

その結果、やっぱり合わない相手だということもあれば、実はいい人だったと分かることもあるでしょう。嫌だと感じる相手も、実は何か理由があってそうしているかもしれない、苦手意識はただの自分の思い込みで間違っているかもしれません。

ユーゴスラビア元大統領のミロシェビッチのエピソードを紹介しましょう。私は彼とまさに緊張関係にありました。紛争調停の場で、最初は「殺される」と思うほどの殺伐としたムードがあったのに、ひょんなことから距離が縮まり、最後には「わが息子よ」とまで呼ばれるほどになりました。

距離を縮める「真剣な雑談」

相手と関係を築くためには、仕事や肩書といった表面的なものに縛られず、こだわりや好きな物を見つけ、それについて語れるかが勝負だと思います。私はそれを「真剣な雑談」と呼んでいますが、そこでは交渉の中身については絶対に触れません。

よく話題にするのは、天気や最近はまっていることです。ミロシェビッチのときは、それがシングルモルトのウイスキーでした。

相手が語りたくなることを聞き出す。そして話す量は相手と自分で、8対2。話のネタは自分から振りますが、その後は大いに魅力を語ってもらうのです。それに対し、「面白かった」だけではダメで、「私のにわか知識ですが、こういうことでいいんですか」と聞くと、「いやいや、実は私はこういう風に思っていて…」と話したくなる心理が働きます。

関心を示してくれている相手には、何かクリエーティブなことができるかもしれないという期待や、最初から同じステージに立とうとしてくれているという親近感を抱くものです。これは交渉において、とても大事なアプローチですね。

ウィンウィンは目指さない

相手との関係性において、ウィンウィンを目指して交渉に当たることはお勧めしません。

ウィンウィンの精神それ自体はよいのですが、最初からウィンウィンを目指すと、相手のことをおもんぱかり過ぎて、頼まれてもないことまで請け合い、自分のニーズを妥協し、譲歩してしまいがちです。良かれと思って不用意に余計なことを喋ってしまうんですよ。それは交渉上、決してあなたのためになりません。

交渉の目的は、あくまで自分の立てた目標を完遂するのみ。それができなかったら交渉失敗。ウィンウィンを追求するあまりに譲歩し、得るべきものを得られなかったら目も当てられません。

自分に託された目的は必ず達成する――。それが一番であり、それが全て。国際紛争でも、商談でも同じことです。

ラストワンプッシュ

今後やりたいこととしては2つ考えています。

1つは、本日のLIVEのように、何か目的を持った人たちの背中をそっと押す、そんな活動を続けていくことです。

「伝えたいことがある」、「仕事の悩みがある」、「どうやったらいいアイデアを相手に分かってもらえるか分からない」といった課題や困り事を抱えた方々の決断や行動を促す「ラストワンプッシュ」で、成功につなげるお手伝いをしたいと思っています。

研修か講演か教育か、どういう形式かわかりませんが、自分の経験や特性を生かしながら、相手がコミュニケーターとして上達したり、良い結果を残してハッピーになれたりする、そんな仕組みをつくっていきたいですね。

もう1つは、AIやブロックチェーンなど、さまざまな分野の専門家や挑戦者をつなげる活動を始めています。

私はその道の専門家ではありませんが、例えば、AIやブロックチェーンの知識がある人と、コミュニケーション能力が高い人、そういう人たちのマッチングをしていきたい。お金はあるものの明確なアイデアはない人、一方で有望なアイデアを事業化するのに十分なお金を必要としている人などのマッチングです。

一見シナジーが無さそうでも、全く異なる専門分野の人同士で新たなものを生み出す活動を続けていきたいです。培ってきた国内外のネットワークを駆使し、トライしたい人のために最初の入り口を用意する。そこから先は頑張ってね、とそっと背中を押していけたらいいですね。

自信を持つこと、そのうえで最大限疑うこと

最後にお伝えしたいのは、今取り組まれていることに絶対的な自信を持つべきということです。さらにそのうえで、その取り組みを最大限疑うということ。自分が頑張ってきた、自信があることについて、「でもそれは本当に価値があるんだろうか、本当にそうだろうか」と問うてみることです。

『ネガティブ・ケイパビリティ』でも詳しく紹介されていますが、答えの出ない問いにひたすら向き合うこと。実はそれがコミュニケーションや交渉術にとって大事なトレーニングになります。

誰も答えを知らなさそうな重要な問いについて、「どうしてなんだろうか」とつらつら考え続ける。考えて考え抜き、「そうか!」とヒントを得ながら解を探っていく中で、きっと面白い出会いがあるでしょうし、突然何かをひらめくこともあるはずです。

そんな問いを考えていくと、堂々巡りで「結局どっちやねん」みたいな話になりそうですが、考えることをあきらめないことが大切です。

交渉プロフェッショナル 国際調停の修羅場から (NHK出版新書)
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島田久仁彦
NHK出版
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著者
島田久仁彦
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最強交渉人のNOをかならずYESに変える技術
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【編集後記】
命の危険にさらされる修羅場を数多く潜り抜けてきた島田さんの言葉は、穏やかながら不思議な重みがありました。当事国同士の威信がかかった難しい調停の場面でも、島田さんが加わると膠着状態が解消し、問題解決に向かうと言われます。そこから付いた「最後の調停官」という異名についても、インタビューを通じて納得感が強まりました。

島田さんのお話では、「実は」という言葉が多く出てきた印象があります。事実と思われていることや固定観念、思い込みなどの裏には、「実はそうではない」真実があるかもしれない。その真実が交渉成功や関係改善、現状打破の手掛かりにつながるはず――。一貫してそんなメッセージが込められていた気がします。

今後も、さまざまなゲストスピーカーがおすすめの1冊を紹介してくださいます。お楽しみに!

島田久仁彦(しまだくにひこ)

国際交渉人・紛争調停官/地政学リスクアドバイザー/危機管理コンサルタント/エグゼクティブ・ネゴシエーション・コーチ

株式会社KS International Strategies代表取締役社長CEO。元国際連合紛争調停官で、数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった。現在でも現在も数々の紛争調停の任に当たる傍ら、気候変動交渉や、交渉代理人としてM&Aなども手掛ける。国内外メディアにも多数出演し、広く国際問題について解説。著書に『交渉プロフェッショナル:国際紛争の修羅場から』(NHK出版)、『最強交渉人のNOをかならずYESに変える技術』(かんき出版)。

詳しくは、www.ksis.co.jp

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文責:南龍太 (2021/10/13)

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