いまを生きるあなたに「アート思考」が必要な理由
【末永幸歩さんと読む一冊】『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』

フライヤーのコミュニティflier book laboの目玉は、オンライン上で書籍について語り合う読書ワークショップ「LIVE」です。第23弾のゲストスピーカーは、17万部のヒットを記録した『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』の著者で美術教師・アーティストの末永幸歩さんでした。
VUCAと呼ばれる不確実性に満ちた現代を生きる私たちには「アート思考」、すなわち「自分なりのものの見方で世界を見つめ、自分だけの答えをつくり、それにより新たな問いを生み出す」考え方がぜひ必要だと説きます。
そんな末永さんがLIVEのために選んだ一冊は、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)。提唱するアート思考の有用性や末永さんの座右の書について、インタビューでお聞きしました。
VUCAの時代にこそ必要なアート
このたび、LIVEで『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』を取り上げたのは、この本がアートというものを狭い趣味・教養の世界や「芸術家のための芸術」というように捉えているのではなく、今を生きるビジネスパーソンにとって必要な力だと説いている点に共感したからです。
私自身もアートがビジネスパーソンをはじめ多くの人々に必要だと感じ、社会人など大人向けに「アート思考」を伝える活動を続けています。


21世紀は変化が激しく過去のやり方が通用しないVUCAの時代だと言われていますね。確かな価値基準が定まりにくいなか、自分自身の中にぶれない軸を持っておくことが大切です。
アーティストはぶれない自分の軸を持っていて、彼らが芸術の世界でしてきたことと同様に、物事を行う動機や根拠を自分の中に持ち、「自分起点」で考えていくことが求められます。
絵や彫刻などの作品をつくることだけがアーティストの生き方ではありません。自分の興味や好奇心に突き動かされ、その根を伸ばしていくことに夢中になるような生き方です。
私が感銘を受けた書に、岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』があります。読んで以来、すっかり岡本さんのファンになりました。
岡本さんは同書で、芸術は何も絵を描くとか音楽を聴くとか文章を書くといったことではなく、生き方そのものだと言われていました。自分らしく豊かに生きるということ、それが芸術家の生き方なんだという、その考え方にとても共感しています。
また、同書に綴られた生き方についてのメッセージにおいて、「あれか、これか」迷うときに、なぜ迷うのかを考察したくだりも大変示唆に富んでいました。
「あれか、これか」と迷うとき、一方は真っ当な道、生計を立てられる道であるはずで、だから迷うことはないはずだ、と岡本さんは説きます。しかし、迷うということは、もう一方の道、ちょっと危険な道にこそ自分の思いがある。そちらに自分の本当の思いがあるからこそ迷うのではないか、という考え方です。
私が『13歳からのアート思考』で紹介した20世紀のアーティストたちも、「あれか、これか」という選択に迫られた際に、自分の感覚に従った選択をしてきた人たちであり、それが「芸術家としての生き方」なんだと思います。
ビジネスパーソンも、アーティストのような生き方ができるのではないかと考えています。
もちろん、現実に会社で働いていて、常にそうした選択、判断ができるわけではありませんし、それがよいことばかりとも思いません。皆が常にそのような選択をしたら、きっとその会社は崩壊してしまうでしょう(笑)。
しかし、VUCAの時代に「今はない答え」をつくっていく場面ではアート的な考え方、個に立ち返った考え方をしていくことはやはり大切です。
ビジネスで重視されがちな「サイエンス」と「クラフト」だけで固めていた会社に、ほんの数パーセントでよいので「アート」を混ぜていきませんか――。これからもそう訴え、「アート思考」を広めていきたいです。
アート思考とは
「自分なりのものの見方で世界を見つめ、自分だけの答えをつくり、それにより新たな問いを生み出すアート思考」について、働くうえで、そして個人が生きるうえで、この考え方がどのように役立つかをご説明したいと思います。
まずは仕事について。今回ご紹介した山口さんのご本にも書かれていますが、現代はたった1つのテクノロジーが、働き方や生活様式をがらっと変えてしまい、社会のルールも追いつかなくなるようなことがたびたび起きています。
そうしたVUCAの時代を生きるうえで、今の仕事、そもそもその業種自体が数十年後に残っているかどうか、はっきりとはわかりません。そのような状況では、時代の流行を追いかけたり、他の人のニーズに一生懸命応えらりする従来の仕方だけでは通用しませんし、決して新しいものを生み出すことはできません。
むしろ、会社を構成する一人ひとり、個々の人間が「自分起点」で考えられることが重要で、そのことによって0から1のアウトプットが生まれていくと信じています。
もう1つ、個人の生き方について。人生100年時代と言われて久しい中、長い人生を歩んでいくには、15歳までの義務教育とか65歳ぐらいで仕事はリタイアといった構造は、通用しなくなるでしょう。生涯にわたっていろいろなタイミングで今までと違うことを学んだり、働き方を変えたりしていく柔軟さが求められます。
そこで軸になるのは、学校から与えられる課題や、会社からの評価ではなく、「自分自身の興味のために」という考え方です。
期待通りじゃなくていい
子どもたちに長くアートについて教えている一方、ビジネスパーソンなど大人に教える機会が増えています。そうした中で気づいたことがあります。
課題を出すと、子どものほうがすっと没入して自分の頭で考え、出てくる答えは突飛なものも含めてさまざまあり、私にとっても驚きと発見が多いです。
一方、ビジネスパーソンは、絵画鑑賞でも何でも「これをしましょう」と私が言うと、それを守って指示通りにやってくれる印象です。ある意味、大人のほうが「いい子」ですね。
でもそうじゃなくていいんです。私は、「これをしましょう」「今日はこれをやります」と言いつつも、実はそこから外れていいと思っているんです。
私が示す鑑賞の仕方に正確に則っらなければ効果が得られないなどということはありません。私が示すポイントは、新しい視座からものをみるための、1つのきっかけ程度に捉えてほしいのです。
しかし、大人向けの講座では「これで合ってますか?」と正解を気にする方が少なくありません。その点、子どものほうが言う事聞かずに勝手に面白い見方をつくりだして新たな発見や気付きにつながりやすいですね。
そのため、大人には、私の指示はあくまで1つのきっかけであって、「自由に解釈を広げていいんですよ」と意図的に伝えるようにしています。flier book laboのメンバーの皆さんは、隔週開催のtalkセッションの回を重ねるごとに関係が深まり、私の発言の意図もよく理解していただいているように思います。毎回、コメントや質問をしてくれる熱心なメンバーも多く、驚いています。
質問やコメントは難しいですよね。まず、見たり聞いたりしたことを一度自分なりに解釈しないと疑問点などは出てこないですし、そのうえで質問を書く、ぶつける行動力が要ります。それを毎回欠かさずしている人たちがいる、flierの学びの場はすごいなと感じています。
末永幸歩(スエナガ ユキホ)
武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。東京学芸大学個人研究員、九州大学芸術工学府 講師、浦和大学こども学部 講師。
「絵を上手に描く」「美術史を丸暗記する」といった従来の美術の授業に疑問を感じ、アートを通して、自分なりのものの見方で「自分だけの答え」をつくることに力点を置いた探究型の授業を中学校や高等学校で展開。
現在は、フリーランスの美術教育者として全国の学校や企業等でのワークショップや講演は年間100回を超える。
様々な企業や団体とアートや教育に関する事業共創に力を注いでいる。
著書に17万部超のベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)など。
動画講座に「大人こそ受けたいアート思考の授業―瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く―」(Udemy)がある。