【これからの本屋さん】
フリーランス書店員が語る、「知の探索」を促す書店とのつきあい方
Pebbles Booksがめざす「小さな総合書店」とは?

ビジネスパーソンの「知の探索」を促し、既存の「本屋」の常識を超えていく。「これからの本屋さん」のコーナーでは、そんな本屋さんと、その場を生み出す「中の人」にスポットライトをあてていきます。
第三弾は、フリーランス書店員という新たな境地を拓いた久禮 亮太さん。2015年9月にブックカフェ、神楽坂モノガタリを、2018年9月には小石川にてPebbles Booksをオープンさせています。
ビジネスパーソンが「知の探索」を行うために、本屋さんをどう活用していけばいいのでしょうか? Pebbles Booksの魅力とともにお聞きしました。
めざすのは「小さな総合書店」

── Pebbles Booksの特徴、魅力は何ですか。
本の多様さをコンパクトに凝縮させている点です。数年前から書店のニューウェーブが始まり、独立系書店や本も扱うセレクトショップが増えていきました。もちろん、立ち上げた人の「おすすめ」の本だけを並べて、それぞれの個性が立っている書店もいい。けれどもPebbles Booksがめざすのは、できるだけ幅広いお客さんのニーズに応えられるような、いわば小さな総合書店です。


── Pebbles Booksを小石川にオープンさせた経緯を教えてください。
きっかけは、神楽坂モノガタリの親会社である製本会社の方から、「本屋を出すのに良い場所があるよ」とお声がけいただいたこと。フリーランス書店員になる前に、あゆみBOOKS小石川店で4年間店長をしていましたが、そのときと同じ小石川だったのは偶然のご縁ですね。「本屋をやるならまたこの場所に戻ってきたい」と思っていたんです。
当時は、本の品ぞろえも色々なトライをして。それにお客さんが敏感に応えてくれるという、濃密なコミュニケーションができた時期でした。今度は一軒家の新刊書店で、そんなコミュニケーションを重ねていきたいと思ったんです。
── 濃密なコミュニケーションというと?
イメージとしては、お客さんが本を選んでいった軌跡をもとに、お客さんのニーズをキャッチする。それから、ニーズの半歩先を読んで、「これもどうですか」と書棚で提案し、その反応を見ながら別の手を試していくという感じです。
著書『スリップの技法』(苦楽堂)に書いたように、スリップはお客さんのニーズを読み解くヒントの宝庫です。スリップとは、商品管理カードとして新刊書籍に挟まれているもの。普段から、売れた本のスリップを見て、お客さんがどんなふうに本を購入しているかを想像し、仮説を立てています。たとえば、この哲学書は一見難解だけど、図解やイラストも豊富。一般読者向けに解説が書かれている。普段の会話に使える用語がいっぱい。じゃあ、あのビジネス書の隣に置いたら、普段哲学なんて読まないというお客さんも興味をもつのでは? と試してみる。実際に売れたら、今度はどんな本を持ってくるか作戦を練ります。
『スリップの技法』は数多くトライした中での成功事例を集めたような一冊です。実際には、「あ、これは反応なかったな」という失敗もいっぱいしているんですよ(笑)。

お客さんのニーズの半歩先を読み、「生きた本棚」をつくる
── 選書や書棚づくりでは、久禮さんが意識しているポイントは何ですか。
書店員が「この本がいいよ」とアピールしすぎると、お客さんの「偶然良い本を見つけた」という感覚が薄まってしまう。だから、ちゃんとラインナップが行き届いている感を出しつつ、緩い余白をつくるようにしています。お客さんは、うまくハマる書棚を見つけて良い本に出合う体験ができると、自然とまた戻ってきてくださるんです。
お客さんと書棚やスリップを通じたやりとりを重ねながら、置かれている本が少しずつ移り変わっていき、常連のお客さんも飽きがこない状態をキープする。そんな「生きた本棚」をつくるためにも、ジャンルを決めずにできるだけ多様な本を網羅したいと考えています。

10歩歩いたら書棚の雰囲気が変わるような書店をブラブラする
── ビジネスパーソンが「知の探索」を行うために、書店という場をどう活かしていけばいいとお考えですか。
書店を無目的にブラブラしてみるといいんじゃないでしょうか。いつもと違う刺激がほしいなら、自分の専門・関心領域の書棚だけでなく、あえて普段は行かないジャンルの棚を見てみる。
できれば店内を10歩歩いたら、ジャンルが変わって雰囲気が変わるような規模感のお店がいいですね。もちろん大型書店のように体系立てた書棚もいい。けれども、すぐに違うジャンルに目がいくような規模の書店だと、異なったジャンルの本同士の意外な共通点を見つけやすいんです。
たとえば、さっき手に取った若手建築家の建築論と、その後、隣の棚で目についた一大テック企業を築いた起業家のノンフィクションがあるとする。ざっと見ると、いずれにも「私が普段思っていることと近いことが書いている!」といったポイントが見つかる。そして、思わぬ点と点がつながる――。こういう瞬間が訪れるのが、書店で本を探す醍醐味でもあります。

── 意外な本同士の共通項に気づいて、そこに共感できると嬉しくなりますね。新しい発想にもつながりそうですし。面白い本と出合う確率を高める方法はありますか。
本の奥付を見て何刷りか見てはどうでしょう。もちろん、本屋さんでは気軽に、心にひっかかった本をめくっていけばいいんですよ。ですが、コンスタントに増刷がかかっている本は、それだけ読者に長く支持されている本でもあるので、1つの選ぶ基準になります。

あとは、書店で「このお客さんいいな」と思った人が、どんな本を手に取るのかをこっそり観察するのも面白い。僕もこれをやるのが日課です。普段、情報収集の一環としてTwitterなどのSNSで色々な人をフォローしていると、多様な視点が得られるような気がする。けれども、「いいね!」を押すような人の似た投稿が、だんだんタイムラインの多くを占めていく。つまり、自分がいいなと思える情報にどうしても閉じられていきます。
効率よく情報収集をしたいのならそれでいいのですが、今までと違う世界を見つけるには、「脇道」を探すことが効果的。だから本選びも、他者のフィルターを通して、自分ではまずとらない選択肢に触れるといいかもしれません。
地方書店のチェーン店と独立系書店をゆるやかにつなぐパイプ役に
── 久禮さんはフリーランス書店員として、既存の書店員の枠組みを超えた活動をされています。こうした活動を通じてめざすものは何ですか。
大事にしたいのは、「気持ちのいい新刊書店」をつくること。品揃えや見せ方がよどむことなく流れていく、いわば、ほどよく新陳代謝ができている状態。そこにさまざまなタイプのお客さんがやってきて、多様な価値観が交錯していく。そうした場づくりの裏方仕事を書店員がしているというのが理想です。ただ、現在の書店の多くは、業界の制度的な問題もあって、この代謝がうまくいかなくなっています。
── どういうことでしょうか。
地方書店のチェーン店は、全国の売上上位の本が中心で、そのうえ、あまりにも短いスパンでラインナップが変わっていく。棚の新陳代謝がよすぎるというか。時間をかければ売れていきそうな良書を長く置いて、お客さんに選ばれるのを待つのが難しいのです。
一方、チェーンオペレーションから脱した独立系書店の状況はどうか。現状では、本を少量ずつ買い切る仕入れ方法をとるお店が多い。店主独自のセレクトを実現するという面ではひとまずは良いのですが、細かな直取引は拡大が難しく在庫の問題もあって、どうしても品揃えを変化させづらい。こうして書棚の新陳代謝が滞ってしまうのです。
両者のやり方から学び合うことや活かせることがあるので、両者をつなぐパイプ役になりたいと考えています。そのためにはまず、Pebbles Booksがうまく回っていかないといけない。これからの新刊書店にとって、Pebblesが1つのスタンダードになると嬉しいですよね。
理想は、色々なタイプの書店が共生できていること。その一歩として、仕入れの協働や情報共有ができる同業組合のようなものを組織して、ゆるやかな横のつながりをつくりたいと考えています。
もう1つ取り組みたいのは、いい仕事をしている書店員たちの仕事ぶりが、若くて経験の浅い書店員にもっと知られる状態を生み出すこと。中規模チェーン店の書店員にとって、「この人の真似をしよう」という先輩が現場にいないのが現状です。
もちろん、書店員の専門性、日常的な業務は、他の業界の人にも良いヒントになるはず。その可能性を広くシェアしていけたらいいですね。

プロフィール:
久禮 亮太(くれ りょうた)
1975年、高知県生まれ。97年、あゆみBOOKS早稲田店にアルバイト勤務。三省堂書店八王子店に契約社員として勤務したのち、2003年よりあゆみBOOKS五反田店に正社員として勤務。2010年より同社小石川店店長。14年退職。15年、「久禮書店」の屋号でフリーランス書店員として独立。神樂坂モノガタリ(東京都新宿区)などで選書、書店業務一般を行うほか、長崎書店(熊本市)などで書店員研修も担当している。2018年9月にPebbles Booksをオープン。