知の伝道師の「本との向き合い方」に迫る
ライフネット生命保険株式会社 出口治明会長兼CEO

flierは本の魅力を伝えるメディアとして、著者や読書家の方などのインタビュー・対談の掲載をスタートします!
トップバッターとして、保険業界に革命を起こす起業家であり、無類の読書家でもある出口治明会長兼CEOに登場していただきました。
出口氏が推奨するヘロドトスの『歴史』を読む意義とは。また、読書中に思考を働かせ、本の知識を血肉にする秘訣とはなにか。
お話をお伺いするなかで「過去から学ぶ」ことの大事さを改めて認識させられました。
── ビジネスパーソンがヘロドトスの『歴史(ヒストリア)』を読む意義についてお聞かせください。
出口治明会長兼CEO(以下敬称略):その答えはいたってシンプルで、『ヒストリア』が歴史の始まりの書だからです。 物事の起源を知るのはとても大事なことです。 例えば「覆水盆に返らず」ということわざの語源を知っていますか。 「済んだことは元に戻らない」という意味ですが、こんな由来があるのです。 ある女性が、ある男性を「この人は将来大物になる」と見込んで結婚するが、彼は釣りに興じてばかり。 いつか出世すると信じていた彼女も、さすがに見切りをつけて離縁するものの、男はあるきっかけで軍師へと躍進する。この人物が周初の政治家、太公望です。 彼の出世を聞きつけた彼女は「やっぱり私の見込んだ人だった」と思い、復縁を申し出ます。 すると太公望は杯の水を持ってきて、水を床にこぼした。 彼女はすべてを悟って黙って去っていくという話です。 「覆水盆に返らず」という言葉がどんな状況で生まれたのかを知ることで、イメージがふくらみ、その意味をよりリアルに理解できます。 どんな物事にも「始まり」があります。 その原初の物語を知っていれば、他の古典を読むときにも役に立つ。 歴史の分野では、ヘロドトスの『歴史(ヒストリア)』を知っておくことは不可欠だと考えています。 ちなみに「ヒストリア」はギリシャ語で「探究」という意味です。 本書の冒頭3行を端的に言うと、「人間はアホなことをくりかえす動物なので、世界中を歩いて自ら見聞・調査したことを書き記しておくから、よく読んで、アホなことを繰り返さないようにしなさいよ」という意味です。 ここに、ヘロドトスが『歴史』を書き起こした課題意識、そして歴史を学ぶ意義が凝縮されていると考えています。
── 物事の起源を知ることが、学びの根本なのですね。 出口さんは、『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』の中で、速読せず、メモも取らずに、一冊一冊を身に染み込ませるように読んでおられるとありましたが、読書中、頭の中でどんなことに思いを巡らせ、どのように理解を深めているのでしょうか。
出口:僕は、読んだことをその場で頭に焼き付けるタイプです。 講演を聞くときも原則としてメモは一切取りません。 集中して聞いていると自然と頭に入ってくるのです。 社会人として入社した当時は、会議でみんながメモを取っているのを見て、不思議に思っていました。なぜ、もっとしっかり聞かないのかと。 思い返すと、中学・高校の頃からノートを取らないタイプでした。 例えば線を引く、メモを取る、付箋を貼るというのは「理解しやすい方法」の1つであって、人によって様々ですから、自分に合った方法で理解を深めればそれでいいと思います。
── そのときは、例えばご自身の過去の経験や、他の書籍と関連付けられているのでしょうか。
出口:そうですね。これまでに読んだ本との関係性などを自然と連想しながら読んでいます。 人間の認識はパターン認識が基本です。 ある物事を理解するときに、自分でパターンの箱をいくつも作り、それに当てはめて理解するのです。 したがって、様々なことを知っていれば、使えるパターンの種類が増え、連想の幅が広がるのです。 一番わかりやすいのは血液型。 「この人はA型だから几帳面にちがいない」とか(笑)。 ビジネスの話でも過去の経験と照合させて、例えば「事業提携の話につながりそうだな」「これは典型的な押し売りのパターンだな」などと判断できるものです。読売新聞の書評(2015年3月1日 )で『石の物語』(※)という本を取り上げましたが、これがまさしく「全てのテクストには相関性がある」というテーマを扱っており、非常に面白い本でした。歴史上の事実や、過去に作られた物語などと何らかの関連、つまり相関が生じてくる。
※冒頭が石から始まる中国の物語を解説した一冊。 『水滸伝』では、石碑に封印されていた108の魔星が解き放たれるシーンから始まる。『西遊記』では孫悟空が石から誕生した。そして、『紅楼夢』は「石頭記」とも呼ばれ、天界の女神・女媧に見捨てられた石を含んで生まれた男が主人公となる。── となると、引き出しがたくさんあるから照合しやすいのでしょうか。
出口:色々な知識があった方が、より精緻に物事を理解できます。 さっきの例ですが、血液型だけでなく星座も組み合わせた方がより多様なバリエーションが生まれるので、占いも儲かりそうでしょう?(笑) 『石の物語』では、冒頭に女媧(じょか)の伝説が登場します。 天が壊れたので、女媧(じょか)という中国太古の女神が、36501個の石を精錬し36500個の石を使って天を修理します。 残された1個の石は捨てられることになるのですが、「自分も使ってほしかったのに」と思い、やがて人間界に降りていく。 そこから中国白話長篇小説の金字塔である『紅楼夢』という物語が始まります。中国の知識人は女媧の話のくだりを知っているので、「捨てられた石はきっと悔しいはずだ。その石が人間界に降り立ったらどんなことが起きるだろう」と、今後の展開をよりリアルにイメージすることができます。 日本の本歌取りも一緒ですね。元の和歌を知っているからこそ、その歌をより深く味わうことができます。 ちなみに、岩波書店から出版された井波陵一先生の新訳『紅楼夢』は、非常に素晴らしい突き抜けた名訳なので、読むとしびれると思います。
── 出口さんがそうおっしゃるなら、ぜひ読んでみます! flierでは、こうした真の教養を伝えていきたいと考えています。 出口さんは世界史の講義など、教養を伝える際にどんなことを心がけていますか。
出口:紹介する内容が面白いことが大前提ですね。 例えば、初心者には岩波文庫の『歴史』『韓非子』『王書』を薦めていますが、どれも文句なしに面白い。 『歴史』のギュゲスの物語も初っ端から、つい引き込まれてしまう。 歴史書でも小説でも、面白い本によって興味が喚起されれば、夢中で読み進めるうちに教養が自然と身についていくのだと思います。
── なるほど。多くの本に触れる中で面白い本を見極め、誠実に紹介していくことが大切なのですね!充実した時間を過ごせ、心に残る本の紹介に力を尽くしていきたいと思います。 弊社の会員の方にも、『歴史』の面白さをこの要約を読んで体験いただいた上で、原書で是非味わってほしいと思います。貴重なお話をありがとうござました。




ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長兼CEO
出口治明
1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。