テレワークで欠かせない「コミュニケーション」の秘訣とは?
Withコロナの時代に必要な「人材育成・マネジメント」の新常識

新型コロナウィルスが、日本の働き方を名実ともに大きく変えるきっかけになろうとしています。今後は、オフィスに出社して働くスタイルをとる会社でも、状況によってはテレワークを実施し、多様な働き方をしている人と協働する機会が増えることでしょう。一方で、テレワークでのコミュニケーションの課題に直面しているという声も増えています。
テレワークでも多様な立場の人と気持ちよくコミュニケーションし、協働や共創を進めていくための秘訣は何なのでしょうか。『これからのテレワーク』(自由国民社)の著者、片桐あいさんにお聞きしました。
テレワークの「ハード面」だけでなく「ソフト面」の整備が必要
── 『これからのテレワーク』の執筆動機は何でしたか。
きっかけは、IT企業に勤めている友人のささいな一言でした。コロナの影響で急きょ原則テレワークとなった彼が、ある日仕事後に、こうつぶやいたのです。「この先、自分は何によって会社から評価されるのだろうか」。本来なら働く場所がオフィスから家になっただけで、仕事の目標もゴールも変わりません。けれども、自分の仕事ぶりがどう評価されるのかという不安を感じている方は他にも多数いるのではないかと気づきました。
今までの多くの日本企業では、「何をもって成果とするか」があいまいでした。働き方改革を推進していても、オフィスで長時間働いている人を「頑張っている」と評価する風潮が残っていた。けれども、今後はオフィスでの勤務時間ではなく、何をアウトプットし、成果を出したかで評価されていくようになります。
とりわけ、周囲から仕事ぶりが見えづらいテレワークでは、自分の仕事の成果を公正に、かつ的確にアピールできる力、「成果の見せる化力」がますます重要になります。そうしたことを伝えていくために、『これからのテレワーク』の執筆に至りました。
これまでにも2005年の鳥インフルエンザ流行や自然災害などの影響で、事業継続計画(Business Continuity Plan)の観点から、テレワークを可能にする通信環境やツールなどは整ってきていました。ですが、実際にテレワークを運用する人の気持ちやルールの整備はこれから。つまり、テレワークの「ハード面」だけでなく、「ソフト面」こそ整える必要があるのです。



「性善説」で相手を信頼すれば、仕事がスピーディーに回り出す
── 片桐さんが人材育成コンサルティングを行うなかで、テレワークの急な実施により、具体的に「こうした悩みが増えている」というのはありますか。
マネージャー層からよく聞く悩みは、「部下たちが目の前にいないと、何をしているかわからず管理しづらい」というもの。そこで起こりがちなのが、マイクロマネジメント。チャットツールで連絡して数分経っても部下から返事がなかったからといって電話がかかってくるといった事例も多々あります。それでは、部下は「信用されていないのか」と思ってしまうだけ。おそらくマネージャー側も、慣れない環境のストレスで余裕がなかったのでしょう。ただ、マネージャーとメンバーが互いに不信感をもち始めてしまうのは大きな問題です。
本来なら、マネージャーが性善説に立って、相手が仕事を進めていると信じることが求められます。相手の状況が見えない分、メールやチャットの返事がなくてイライラするようでは自分が苦しくなるだけです。相手には相手の優先順位がありますし、相手に対しては性善説で解釈することが望ましいでしょう。
お互いの信頼があれば、仕事がよりスピーディーに回り出します。この信頼を積み上げるためには、普段から密に連絡を取り合うこと、意識的に情報を共有していくこと、わかりやすく成果を相手に伝えていくことがますます大切になります。

「ジョブ型」の人材管理は進むのか? 日本でうまく機能させるには?
── 最近では、職務を「職務定義書」(ジョブディスクリプション)で明確にしたうえで最適な人材を配置する「ジョブ型」の人材管理を前向きに検討している企業が登場しています。こうした転換に対して、片桐さんはどうお考えですか。
働いた時間ではなく成果で評価をしていくには、多くの業種で「ジョブ型」に舵を切ることになるでしょう。それ自体はよいのですが、日本企業の風土に合うようなカスタマイズやソフトランディングが必要だと考えています。
欧米では、社員はジョブディスクリプションに書かれている業務しか行いません。もちろん仕事を切り分けたときに、その境界線にあって担当が明確でないグレーゾーンの業務が発生することはあります。こうして新たな仕事ができた場合には、その仕事を誰がやるのかをマネージャーと話し合い、自分がやるなら年俸の交渉などもしたうえで、両者の合意のもとにジョブディスクリプションに追記するのが一般的です。
これに対し、日本企業では「お互い様」の精神のもと、グレーゾーンの業務をみんなで補い合っている面が大きいといえます。そうした状況を考慮せず、一律に「ジョブ型」に移行しても、グレーゾーンの仕事を拾おうとする人が疲弊してしまうでしょう。そうした人たちの貢献意欲をそがないような配慮が重要ではないでしょうか。
── たしかに、それは日本のチームワークのよいところでもありますね。
グレーゾーンの仕事には、本人の成長の機会という意義があります。欧米では転職によってポジションが変わることで、キャリアを積み上げ、それが成長の機会になっています。
これに対し日本では、転職が一般的になったとはいえ、一定期間同じ企業でキャリアを積んでいくケースがほとんど。実は、ジョブディスクリプションからはみ出た仕事に挑戦することが、成長のチャンスになっているのではないか。こう考えると、グレーゾーンの仕事を拾っていくことには大きな意味がある。そうした仕事をみんなでサポートし合う「余白」は残しておくほうがよいと考えています。また社員の側も、グレーゾーンにある重要な仕事を「見える化」していけるといいですね。
「ジョブ型」に切り替えるなら移行期間を設けて、まずは一部の部署でパイロットテストを実施し、バグ出しをするとよいでしょう。そして60、70点くらいとれそうなレベルにもってきたら、その後は全社に少しずつ導入して改善を重ねていくとよいでしょう。

チャットツールの「ルール化」で、色々な立場の人に配慮を
── テレワークでチームワークを発揮するためには、どのようなことを意識するとよいのでしょうか。
メール、slackなどのチャット、zoomなどのオンライン会議システム、電話。こうしたツールを、相手や目的に応じていかに使い分けるかが問われます。それを「マルチコミュニケーション力」と名づけました。
たとえばチャットツールは、ちょっとした確認やアイデア出しには非常に便利なツールです。ただし、チャットがオンライン状態だった数人のやりとりで決まった内容を、オフラインだった人が後から追っていくのは大変ですよね。見落としが起きてもおかしくありません。そのため、大事な決定事項に関しては、別途オンラインの掲示板やメールなどで共有したほうがよいでしょう。このように、色々な立場の人に配慮したコミュニケーションを意識し、それをルール化していくと、コミュニケーションが円滑になるはずです。
新しいメンバーの心理的安全性を確保するカギは、「ウェルカム感」にあり
── 今後テレワークとノンテレワークが混在していくと、初めて接するメンバーとテレワークで協働する機会も増えそうです。そうした状況でも、心理的安全性やラポールを築きながら、うまくプロジェクトを進めるための秘訣を教えてください。
人となりがある程度つかめたメンバー同士なら、オンラインでも問題なくコミュニケーションがとれるでしょう。ですが、新入社員はもちろん、中途で新たに入社したメンバーの場合はそうはいきません。彼らの心理的安全性を確保することが必要です。
受け入れる側におすすめしたいのは、「ウェルカム感」を出すこと。たとえばオンライン会議システム上では、表情が読み取りにくいですよね。それなのに、マネージャー層が眉間にしわを寄せていてはダメ(笑)。相手が話しやすいよう、普段以上に口角を上げて笑顔で聞くようにしましょう。また、ボディランゲージも大事で、大きめにうなずくといったことを意識するだけで、話す側の「聞いてもらっている感」が違ってきます。

もう1つは、「自己開示」を促すこと。新しいメンバーの人となりがわかるよう、プライベートの活動も含めた自己紹介の機会をzoomなどで設けるとよいでしょう。
とはいえ、いきなり自己開示をするのはハードルが高いですよね。そこで、できるだけリーダーやムードメーカーが先に自分のことを話して、周囲を笑わせてほしいなと思います。会議の最初に雑談の時間をとって、あえて自分の失敗談を話すとか。笑いが起きるチームなら、新しいメンバーも「こんな発言をしても受け入れられるのか」と安心し、自分のことを話しやすくなります。
テレワーク時代の「人材育成」の極意とは?
── 今後は、外部環境の変化に応じて、テレワークとノンテレワークを組み合わせていく職場が増えると考えています。そうした状況で、マネージャーがうまく人材育成やマネジメントを行うには、どんなことを実践すべきでしょうか。
「社員にどんな人材になってほしいのか」という育成のビジョンをもつことです。とりわけ若手社員のなかには、キャリアへの欲がほとんどない人もいます。そうした場合には、「どう成長してほしいのか」という期待を伝えること。そして、社員が少し背伸びして頑張らないと達成できない目標をもたせるとよいでしょう。達成に近づくたびに、具体的に良かった点を褒めていく。この積み重ねで社員のなかの自己効力感が育っていきます。
── テレワーク中心のメンバーのモチベーションや能力を引き出すのに長けていたマネージャーの共通項はありますか。
私が勤めていた外資系企業では、海外にいる上司が、一度も対面したことのないメンバーをマネジメントすることは普通の光景でした。「一度も会っていないのにどうやって?」と驚くかもしれませんが、メンバーのモチベーションや能力を引き出すことは充分可能です。
優れたマネージャーたちは、オンライン上の個人面談や打ち合わせのたびに、「家族はどう?」「あなたが仕事を進めやすくなるように、私にサポートできることはある?」などと、個々のメンバーに気を配っていることを、あらゆる形で伝えてくれていました。
さらには、マネージャーが将来実現したいプロジェクトの話など、夢を語る場面も多かったですね。マネージャー自身が仕事を楽しんでいる姿をメンバーに意識的に見せているので、それをめざそうというメンバーが増えていくのです。
こうして物理的距離にかかわらず、メンバーがベストコンディションで仕事に臨めるようにサポートするのが、プロのマネージャーだと考えています。私自身、本の執筆や研修、コンサルティングを行うことで、今後も「仕事を通して自己成長をめざす人」の育成に貢献していきたいと考えています。

論理的思考力を高めたいなら、電車の中吊り広告を〇〇〇せよ!
── フライヤーでは「ビジネスワークアウト」というコンセプトを広めようとしております。筋トレやヨガと同じく、1日のうちに「知的筋力」を鍛える時間をとり、学びを習慣化しようという提案です。そこで、著者さまの「私のビジネスワークアウト」をお尋ねしています。片桐さんが日々新たな学びを得るために、取り組んでいることや習慣にされていることを教えていただけますか。
人材育成の研修を行う立場上、ロジカルに考えて、話をする力を磨く必要がありました。そこで、何か情報を見たときに、それを3つの要素に分けるのを習慣化しています。よくやるのは、電車の中吊り広告を見て、「これを3つの要素で説明すると?」と考えること。そして、できるだけそれぞれの要素の粒度をそろえるようにします。これを続けていると、物事を論理的にとらえて説明する力が自然と身についていきますよ。


プロフィール:
片桐あい(かたぎり あい)
カスタマーズ・ファースト株式会社 代表取締役
人材育成コンサルタント 産業カウンセラー
著書に『職場の「苦手な人」を最強の味方に変える方法』(PHP研究所)『一流のエンジニアは「カタカナ」を使わない!』(さくら舎)がある。
日本オラクル株式会社(旧サン・マイクロシステムズ株式会社)サポート・サービス部門に23年勤務。M&Aやリストラで仕事上のポジションが危うい外資系IT業界で成果を出し続ける。卓越したコミュニケーション能力・問題解決能力を武器に2013年に独立し、企業研修講師となる。年間約120件登壇し約25000名の育成に従事。また、人財育成コンサルティングで延べ3400名のカウンセリングでの育成にも貢献している。
5年前から人材育成コンサルティングで関わっているIT企業では、5年間新卒17名は一人も離職者なし。3年前から人材コンサルティングで関わっているモバイルサービスの50席のコールセンターでも、アンマッチで退職したオペレーター以外は離職者なし。マネージャー育成と強い若手社員の育成に定評がある。