なぜ、いま「これからの生き方」が問われるのか?
『転職の思考法』では書けなかった「感性」の磨き方

『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『分断を生むエジソン』など次々にベストセラーを生み出し、株式会社ワンキャリアで取締役を務める北野唯我さん。
働く人への「応援ソング」となるような本を手掛けたいと語る北野さんが新著で描き出したテーマは「生き方」。新著『これからの生き方。』(世界文化社)は、「いまの仕事や生き方でいいのか?」と悩む読者が、自身の「働く意味・使命感」を問い直せるよう、「漫画編」「ワーク編」「独白編」という斬新な構成になっています。北野さんが『これからの生き方。』に込めたメッセージとは何なのでしょうか。
「生き方」の多様性を描き出すことに挑戦したかった
── 『これからの生き方。』の漫画編では、登場人物たちの価値観がぶつかり合うシーンで、感情移入した読者も多いのではないかと思いました。本書の執筆動機は何でしたか。
書き始めたときには、主に2つの動機がありました。1つは、日本の雇用問題をテーマにした本を書きたかったということ。僕は「働き方改革=生き方改革」だと思っています。それを促す作品をつくるには、できる限り生き方の多様性を描き出し、再現可能性を高めないといけない。そこで、漫画編では「群像劇」という表現をとることにより、さまざまな登場人物の生き方にスポットライトを当てました。
生き方の例としては、まず、史上最年少の編集長就任に意欲を燃やす小林希。そして、自分のデザインにはこだわりはあるが出世は望んでいない、いわば「ゆるふわ」な佐藤愛子です。実際の社会ではこうした異なる価値観が共存しているわけで、この二人の対比は描きたかったテーマの1つでした。
2つ目の執筆動機は、同年代で「このままでいいのか?」と悩んでいる人たちに向けた本をつくりたいと思っていたことです。30歳を過ぎたあたりから、同期のなかで、使命感を見出して生き生き働いている人と、何か諦めや人生を持て余している感覚がある人の両方がいることに気づいた。この明暗を分かつ根本的な差は何なのか。つきつめると、それは能力の差などでは決してなく、「これからの生き方」が明確でないことが分岐点になっているのではないか、と思い至りました。

── ここでの「生き方」とはどのようなものを指すのでしょうか。
ここでの生き方とは、個々人の価値観を体現した習慣を意味します。自分の人生にとって何が大事なのかという優先順位に応じた時間の使い方をしているかどうか、といってもいいでしょう。だから、生き方を明確にするには、自分の価値観を明らかにしないといけない。本書のワーク編では、漫画に登場する人物たちの生き方をタイプ別に分析することで、読者が自己分析に役立てられる仕立てになっています。
あと最近思うのが、大企業でもベンチャーでも、現場の第一線をひた走る30代前半で、メンターを求めている人が多いんじゃないかということです。
── メンターですか。
いまは、上のいうとおりにすれば正解にたどり着けるといった世の中ではありません。トップダウンの昭和型のリーダーは求められることが減っていく。その一方で、自分の中にある答えを一緒に探して、導いてくれるような存在は、ますます求められるのではないか。そしてそんなメンターこそが令和時代のリーダー像といってもいいかもしれない。
こうしたことから、漫画編では、希とその上司である横田、一流シェフをめざす上山と伝説のショコラティエである土尾のように、メンティーとメンターの関係をちりばめました。こうした関係性が、メンターを求める人たちへの処方箋になればと思っています。


「作家道」を極めていくなかでたどり着いた「生き方」というテーマ
── 「生き方」の重要性を北野さん自身が実感した経験があったのでしょうか。
きっかけは、もともと禅が好きで、「道(どう)」というものについて考えるようになったことです。書道でも華道でもそうですが、道は「自分を修める」ためのもの。たとえば剣道では、試合で勝ってもガッツポーズをしてはいけないとされています。なぜなら自己修養につながらないからです。
僕は5冊のビジネス書を世に出すなかで、「自分はある種、作家道を追求しているのではないか」と感じ始めています。『OPENNESS(オープネス)』の執筆までは、才能を信じることが大事だと思っていました。けれども、『分断を生むエジソン』の執筆あたりから、それだけでは突破できない領域があるなと気づかされた。とにかく日々、作品に向き合い、創り続けるなかで何か見出せるものがあるのではないかと。そしてこのプロセスはまさに僕の「生き方」そのものを問われているのだと感じました。
これは彫刻に似ているのかもしれません。僕はピカソが好きなのですが、彼も「私は捜し求めない。見出すのだ」という格言を残していて、本当にその通りだなと。作家道の追求によって、「生き方だけは嘘がつけない」という、本書のテーマの重要性を改めて認識したんです。

これからの時代に狙うべきフィールドは「コミュニティ型消費」
── ここ最近では、感性の重要性を説くビジネス書が注目されています。そして本書は「感性を磨くための本」とありました。これほど「感性」が重視される理由は何だとお考えですか。
ロジックやデータが重視された時代からの揺り戻しはあると思います。ただし、もっと重要なのは「生存戦略」という観点です。GAFAやNetflix、Spotifyといった凄まじい存在感を放つグローバル企業のなかで生存していかなければならない。そこで武器になるのは、感性のような、合理では判断できない領域における強みです。
僕はこれからの消費は次の3つに収れんしていくと考えています。1つはGAFAやNetflixのような圧倒的なサービスやプロダクトに対する「メガ消費」。2つ目は生活を支える基盤への「インフラ消費」。そして3つ目が国や地域、文化の固有性に紐づいた「コミュニティ型消費」です。
個人や小さな企業は「メガ消費」ではまず太刀打ちできません。Netflixは世界最強の布陣でつくった最強のコンテンツを提供しているわけです。そこで私たちが狙うべきフィールドが、「コミュニティ型消費」だと思っています。たとえば人材ビジネスは、唯一GAFAのような巨人の力が入ってこない領域。なぜなら人材ビジネスは各国の文化的背景や就労観の影響が大きく、グローバルなビッグデータが武器にはなりづらいためです。
このようなトレンドをおさえて、生き残るためには、「コミュニティ型消費」に張っておく必要がある。そうした背景から、独自の感性を武器に変えるための方法論が重要視されるようになったと考えています。
── 感性を磨くために、ビジネスパーソンはどんな一歩を踏み出すとよいでしょうか。
自分とは違う生き方を知ることですね。たとえば経営者の自伝を読めば、その経営者の生き方なり意思決定なりを追体験できる。多様な生き方にふれていくと、自分の価値観との「差」が何なのかを知ることができ、自分ならではの「感性」が育っていく。それではじめて自分の「生き方」が定まるのではないでしょうか。

朝7時半から就業前までの北野流・徹底ルーティンとは?
── フライヤーでは「ビジネスワークアウト」というコンセプトを広めようとしております。筋トレやヨガと同じく、1日のうちに「知的筋力」を鍛える時間をとり、学びを習慣化しようという提案です。そこで著者の方々に「私のビジネスワークアウト」を尋ねています。北野さんが日々新たな学びを得るために習慣にされていることを教えてください。
僕は昔からルーティン化が好きで、ルーティンがめちゃめちゃ多いんです。毎朝7時半に起きたら朝日を浴びて、部屋を掃除する。次に腹筋などのトレーニングをしながらYouTubeで禅の話を聞く。禅の言葉のなかからその日の心理状態に合った言葉を選んで写経する。そのあとは坐禅を組み、本や新聞を読み、最近ではYouTubeの番組をつくって朝10時の始業を迎えます。おじいちゃんみたいな生活だと思われるかもしれませんが(笑)。
朝の読書の目的は、インスピレーションを得ること。良質な本に5分間ふれて、自分が何を感じるのか、それを今のビジネスにどう活かせそうかというのをすくいとるようにしています。そして写経は地に足をつけるための大事な習慣になっています。
本を1冊つくるのも、人生自体もマラソンそのもの。日々積み上げていくことが大事で、その継続の秘訣は朝のルーティンだと考えています。

── 最後に、北野さんの新たな構想についてお聞かせください。
今後は何かしらのコミュニティに属すること自体が価値あるものになっていくと私はよんでいます。心理的安全性が守られたなかで感性を磨く機会になるからです。そこで、先ほどお話した「コミュニティ型消費」の実験も兼ねて、2020年8月から「事前審査型コミュニティSHOWS」というオンラインコミュニティを始めました。コロナでオンラインシフトが進むのはまちがいありません。僕が経営者兼作家として積み上げてきたスキルをオンライン上で伝えていけば、多くの人の力になれるのではないかと考えたのです。
前回のインタビューでは、ピクサーのような才能集団をつくりたいとお話しましたが、その一歩としてWEB漫画の領域にも挑戦していきます。今後はコミュニティに軸を置きながらも、グローバルに打って出られるようなエンターテインメントも生み出したいですね。








プロフィール:
北野 唯我(きたの ゆいが)
兵庫県出身、神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。執行役員として事業開発を経験し、現在同社の最高戦略責任者、子会社の代表取締役を兼務。テレビ番組や新聞、ビジネス誌などで「職業人生の設計」「組織戦略」の専門家としてコメントを寄せる。
著書に『転職の思考法』『OPENNESS(オープネス) 職場の「空気」が結果を決める』(ダイヤモンド社)、『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)、『分断を生むエジソン』(講談社)がある。