〈対談〉「カルチャーづくり」をないがしろにしてはいけない
『カルチャーモデル』著者・唐澤俊輔さん

どの会社にも存在する「カルチャー」。このカルチャーについて、『カルチャーモデル』著者の唐澤俊輔さんは、「ビジネスと両輪で考えるべき」といいます。カルチャーはビジネスに比べて劣後されてしまいがちですが、ビジネスをうまく回すには、カルチャーの設計が欠かせないと考えているからです。
本書には、唐澤さんが確立した、カルチャーを言語化し、浸透させるための実践的なノウハウが詰まっています。企業はいかにカルチャーと向き合っていくべきか。ご著書に書かれたメッセージを、Voicy「荒木博行のbook cafe」の対談を通じて伺いました。その内容を再構成してお伝えします。
カルチャーとビジネスは両輪で考える

荒木博行(以下、荒木):『カルチャーモデル』の第0章は「なぜカルチャーが重要になるのか」、続いて1章は「カルチャーとは何か」。冒頭で「カルチャー」というふわっとした言葉を深掘りしているんですね。
唐澤俊輔(以下、唐澤):カルチャーについて議論するとき、「浸透しないまま形骸化してしまって、何もできていない」「結果として生み出されるものだから、意図してつくるものじゃないよね」という話になることがあると思います。だから事例だけを伝えても、「マクドナルドだから/メルカリだからできたことだろう」と捉えられてしまい、十分に伝わらない。
一方、理論やフレームワークだけを提示しても、「それは理想であって、現実にはそうはいかないでしょう」と思われてしまうことも。
そこで、前提をしっかり揃えるために、冒頭で「なぜカルチャーが重要になるのか」と「カルチャーとは何か」についてまとめました。
荒木: 第1章には「事業(ビジネスモデル)と組織(カルチャーモデル)は両輪」というメッセージがありますが、まさにその通りですよね。カルチャーはビジネスに比べてないがしろにされてしまいがちだけど、ビジネスと同じくらい重要なものですから。唐澤: 「ヒト・モノ・カネ」という言葉がありますが、このうち劣後されがちなのが「ヒト」。それで事業と資金を中心に据えた結果、組織の課題で行き詰まって、事業に専念できなくなってしまう。そうならないよう、早い段階から組織を設計しようと提案したかったのです。
荒木: カルチャーをきちんと設計しておけば、トラブルを防止できると。こうした経営視点はもちろんのこと、働く人の視点からもカルチャーを認識しておくことは重要ですよね。
唐澤: よくあるのが、「いい会社だと思って入社したのに、話が違った」というもの。たとえば「ホワイト企業だと言われて入ったのに、残業が多かった」というケースですね。
残業が必ずしも悪いというわけでありません。本人が「残業してもいいから、早く経験を積んで成長したい」と考えているなら何の問題もないでしょう。残業が多いのに「うちは自由な働き方です」というようなことを言っているから、期待とのギャップが生まれるんです。
そうならないように、会社のカルチャーを可視化し、言語化し、浸透させて、外部にも発信していく。それが、会社と新入社員の期待値ギャップを生まないために必要なことだと思っています。
「7S」でカルチャーモデルをつくり込む

荒木: 次に、本書で紹介される「7S」について伺いたいと思います。
一般的に「7S」というと「ハードの3S」(ストラテジー、ストラクチャー、システム)と「ソフトの4S」(シェアドバリュー、スタッフ、スキル、スタイル)のことですが、本書ではアレンジが加えられていますね。
唐澤: そうです。ここで言う「7S」は、一般的な「7S」とは少々異なります。マッキンゼーの「7S」をベースにしつつ、「ストラテジー」を抜いて、代わりに「スタンス」を組み込んでいます。「ストラテジー」は、ビジネスモデルの方で考えるべきことなので、カルチャーモデルでは削除して、その代わりに「スタンス」という項目を入れました。
スタンスとは、経営方針のこと。スタンスを決めておかないと、「フラットでオープンなカルチャーにしたいけど、社長が全部決めたい」などといった“いいとこ取り”になって矛盾してしまいかねません。
荒木: スタンスというのが、「経営スタンスの4象限」ですね。縦軸は中央集権型なのか、分散型なのか。つまり、意思決定をどこまでエンパワーするかどうか、という論点ですね。一方横軸は変化志向なのか、安定志向なのか。つまり、既存のビジネスを破壊するくらいの変化をしていくのか、それとも改善しながら進化していくのか。唐澤: はい。結果として、スタンスは4つのパターンに分かれます。つまり、中央集権型×変化志向の「カリスマリーダー経営」、中央集権型×安定志向の「チームリーダー経営」、分散型×安定志向の「複数リーダー経営」、そして分散型×変化志向の「全員リーダー経営」の4つですね。
スタンスは、7Sにおいても根幹になるものだと思います。だから、途中で変わってもいいけど、変えるならば意図を持ってちゃんと変えること。「分散型にする」と決めておきながら、「やっぱり社長が決めたい」とひっくり返すのはなしです。ブレないことが大切です。
荒木: なるほど。DXと言いながらも、本質的に変わらない企業が多いのは、この「スタンス」のイメージが分散型×変化志向にしたいと思っていながらも、中央集権型×安定志向から動けていない、ということに背景がありそうですね。唐澤: そうなんです。その辺のズレは変革において致命的ですね。
課題解決のカギは「言語化」にあり
荒木: 第4章のテーマは、「いかにカルチャーを言語化するか」です。カルチャーを組織内に浸透させるにあたっては、言語化が欠かせませんよね。唐澤: 「カルチャーが浸透しない」「認識がすり合っていない」など、カルチャーに関する課題を解決するカギは言語化にあると思っています。
なぜなら、共通言語がないと、意図したようには伝わらないからです。同意したはずでも、人によって認識がまったく違うかもしれませんよね。人材と働き方が多様化する時代において、きちんと言葉をつくり込み、その意味合いをすり合わせることはどんどん重要になっていきます。
荒木: 確かにそうですね。その一方で、カルチャーを言語化するにあたって、経営者の願望が投影されてしまうこともあるのではないでしょうか。願望と現実がずれてしまうというか……。唐澤: ありますね。経営者から「こうありたい」「こうしたい」という言葉が出るのは自然なこと。それはそれでいいと思うんです。
重要なのは、現状の棚卸をしたうえで、ありたい姿を描くこと。そして、トップダウンで決めてしまうのではなく、社員を巻き込んで言語化していくこと。一緒に悩んで、議論して、対話して出てきた言葉だからこそ、愛着を抱けるはずです。
余白があるからこそ、カルチャーは浸透する

荒木: 言語化した言葉の意味合いを正しく伝え、浸透させるのも難しいですよね。
唐澤: 基準は人それぞれですからね。たとえばメルカリの「Go Bold(大胆にやろう)」というバリュー。「大胆って、どこまで行ったらBoldなの?」という疑問が出るのは当然のことですし、攻めすぎると「Too Boldじゃない?」と突っ込まれる(笑)。そうなると、「Go Boldってなんだ」と悩むことになる。
でもここは、悩んでいいところだと思っています。むしろ解釈の余地、議論の余地があるからこそ、定着が進むはずですから。
荒木: なるほど、余白をつくることが重要なんですね。100%決まっていると、思考停止してしまいかねない。じっくり考えた経験があるからこそ意味を語れるし、実践につながっていく。上司も、部下の行動に対して「その行動はすばらしい! まさにGo Boldな行動だったよ」などと、Go Boldの意味合いを具体的に伝えていく努力が必要ですね。
唐澤: そう思います。「いい仕事だったね、お疲れ!」だけだと、その仕事のどこがよかったのか、部下には伝わらない。そうではなくて、「どこが」「どんなふうに」良かった/自社らしかったのかを伝えることで、カルチャーの意味合いが浸透していきます。荒木: そう考えると、伝統的な大企業では特に、カルチャーの意味を伝えていくのは難しいですね。
唐澤: そうですね。「習うより慣れろ」でいつしか会社のカルチャーに染まっていくのかもしれません。
荒木: 本書は、ぜひそういう人にこそ読んでほしいですね。そして得体の知れない「カルチャー」について考えてみてほしい。
唐澤: 本書を読んで行動して、「私、いい会社で働いてるな」と思える人が一人でも増えればうれしいです。
写真提供:唐澤さん


唐澤俊輔(からさわ しゅんすけ)
Almoha LLC, Co-Founder
大学卒業後、2005年に日本マクドナルド株式会社に入社し、28歳にして史上最年少で部長に抜擢。
経営再建中には社長室長やマーケティング部長として、社内の組織変革や、マーケティングによる売上獲得に貢献、全社のV字回復を果たす。
2017年より株式会社メルカリに身を移し、執行役員VP of People & Culture 兼 社長室長。採用育成制度設計労務といった人事全般からカルチャーの浸透といった、人事組織の責任者を務め、組織の急成長やグローバル化を推進。
2019年には、SHOWROOM株式会社でCOO(最高執行責任者)として、事業成長を牽引すると共に、コーポレート基盤を確立するなど、事業と組織の成長を推進。
2020年より、Almoha LLCを共同創業し、人組織を支援するサービスツールの開発を進めつつ、スタートアップ企業を中心に組織開発やカルチャー醸成の支援に取り組む。
グロービス経営大学院 客員准教授。