<対談>5%の「考える消費者」になるには?
『サステナブル資本主義』著者・村上誠典氏

SDGsに向けた取り組みが企業や自治体で進められ、大量生産・大量消費をよしとした旧来型の資本主義は大きく見直されています。持続可能性を意識した商品やサービスも徐々に増えてきました。
そうした中、私たち消費者はどういった価値基準で日常生活を送るべきでしょうか。ゴールドマン・サックス証券などを経て「未来世代に引き継ぐ産業創出」をテーマに創業した村上誠典さんが2021年秋に上梓した『サステナブル資本主義』(祥伝社)はそのヒントを与えてくれます。
今回は村上さんと、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリストの荒木博行さんが、Voicy「荒木博行のbook cafe」で対談を行いました。お二人のトークを、再構成してお伝えします。
「資本主義」対「サステナブル資本主義」
荒木博行(以下、荒木):ご著書『サステナブル資本主義』、面白く拝読しました。ある意味資本主義ど真ん中のキャリアを歩まれてきた村上さんが書かれたという点でも、大変興味深い内容でした。最近「資本主義は限界を迎えた」といった言葉もよく耳にしますが、そもそも資本主義の定義も人によって異なるように思います。あらためて「サステナブル資本主義」の意味合いについてお聞かせください。
村上誠典(以下、村上): ありがとうございます。そうですね。資本主義とは何か、サステナブルとは何かといった問いに対する答えは人それぞれ、千差万別で認識のずれはあると思います。 ただ、資本主義をしっかり定義しないことには、サステナブル資本主義も理解できません。従来の資本主義との違いがよくわかるよう、多面的に具体性を持ってまとめたのが本書です。重要な点として、資本主義はトップダウンであり、お金が中心にあって力を持っています。そして、短期的な話になりやすいという特徴も挙げられます。
一方、サステナブル資本主義は、ボトムアップであり、お金ではなく人が中心に据えられ、短期的ではなく長期的な視点が求められます。資本主義とは逆の考え方ですね。
荒木:3つの点で従来の資本主義と異なるのですね。よくわかりました。サステナブル資本主義へ移行していく社会というのは、そうあってほしいという村上さんの願望なのでしょうか。それとも確実な変化の胎動と認識していらっしゃるのでしょうか。
村上: 願望ではなく、トップダウンからボトムアップ、短期から長期といったシステムに変わっていくと確信しています。ただ、私たちはグローバルな資本主義の世界に長く居過ぎるため、トップダウンによる意思決定の仕組みが刷り込まれ、思考停止してしまっています。そうした「考えない」社会が変わるには、2つしかないと思っています。1つはイーロン・マスクやジェフ・ベゾスといった強力な個が社会を変えていく、というものです。ただ、懸念点としてはあまりに少数過ぎることです。そのごく少数の個に対し、特定の権力がガバナンスを利かすことにより、意見がコントロールされてしまう恐れも出てきます。
もう1つは、本書でも紹介した5%のような大衆のマイノリティが変えていくという流れです。政治の民主化はマジョリティが担いますが、経済の民主化はマイノリティ主導でよいと思っています。
荒木: なるほど。経済を民主化するマイノリティですか。村上: 消費の世界において、5%が仕組みを、トレンドを変えるということは起こり得ると考えています。サステナブル資本主義が実現していくかどうかは、まさに「考える消費者」が増えるかどうかなのです。 その実現に当たり、日本に足りていないものは何でしょう。農業で例えると、種がないのか、人がいないのか、お金がないのか、耕作機がないのか。 私は「土地が肥えていないこと」だと考えています。日本には、種もトラクターもお金もあります。土地が肥えていない、言い方を変えれば「考える消費者」が少ないということです。

考える消費者
村上:「失われた30年」により、成功体験を持っている日本人があまりに少なく、自信喪失に陥っています。「あなたは未来を変えられますか」といった問い掛けをすると、多くの人は「考えたこともない」と答えます。これは、自分の行動が未来に影響しないと言っているに等しいのです。つまり、耕されていないということ、考える消費者がいないということにほかなりません。荒木:「考える消費者」とは何か、課題はどこにあるのか、あらためてお聞かせください。
村上:私のキャリアを振り返ると、M&Aや投資、IPOなどさまざまな分野で、価格を考えたり、決めたりする仕事をしてきました。そうしたキャリアを踏まえ、価格が決まるプロセスの不確実性、曖昧さ、他方で絶対的なものについて、感度や経験を持っています。
そこから学んだのは、価格がいかに結果論であるかということです。「絶対的な解」というものが存在しません。
資本主義というルールを当てはめると、「こういう場合はこう」というパターンが何種類か決まってきます。同じようなモデルの、同じような製品が、同じ価格のレンジに収斂していきます。そうすると「あのキャベツは一玉198円、298円……」といった価格帯がさも正しいかのように見えてしまうのです。
しかし、その価格が正しそうに見えるのは、単に他のどれを見てもそうだから、ということに過ぎません。本来ならば、その価格について「地球のことを考えたか」、「燃費のことを加味したか」、「農薬のことは?」といろいろ聞きたくなるのですが、大抵の人が「え、キャベツは298円でしょう」と合意してしまうのです。合意できるようなファクトが、資本主義が染みついた現代社会には転がっています。
荒木:実際にプライシングを考えるとき、コストの積み上げで考えたり、顧客価値について突き詰めたりして妥当な線を探りますよね。消費について、長期的な目線でプライシングするという観点はすごく大事だと思います。
一方、一歩踏み込んだ人が損をするような「囚人のジレンマ」に陥る恐れもありますね。
村上:おっしゃるように、囚人のジレンマのような部分もあります。消費は「今買う」という極めて刹那的な行為です。対照的なのが投資です。投資は基本的には「将来の価値がどうなるか」という長期的視点で考えます。「考える消費者」を増やすに当たり、今最も抜けている視点は投資的な思考です。投資の対価について、人は換金性がないとリターンと思えないものです。例えば、地球環境にいいキャベツを買ったときに、リターンとして「子々孫々幸せに暮らせますよ」と言われても、それをリターンと思えない。その際、地球には価値がないという前提を無意識的に置いてしまっています。そこから見つめ直さないといけないでしょう。
未来をつくる経験
荒木:サステナブル資本主義の社会に向け、今後何をしていくべきか、何が実現のトリガーになっていくとお考えでしょうか。村上:
社会が一夜にして変わるということはあり得ません。私は実家が農家だったのですが、土地を肥えさせるのと同じように、消費を肥えさせるには時間がかかります。
まずやるべきは、どんなに小さくてもいいので、未来をつくれるという経験をすることだと考えています。募金や投資、働く場所が変わるなど、何でもいい。行動が未来に影響を与えることを意識していただきたいのです。
これから、持続可能な社会に向け、いろいろな産業構造の変化が起きてくるはずです。産業革命後にできた社会を、今一度つくり直そうという動きが出てきます。そこにはおのずと巨大なビジネスチャンスが巡ってきます。
ある人たちはその追い風を受け、恩恵にあずかるチャンスが生まれ、きっと未来をつくることに貢献していきます。貢献の仕方は、労働者としてなのか、投資家かサポーター、寄付者としてか、どういう形かわかりませんが、そうした機会が増えてくるはずです。その中で、地球の持続可能性というミッションに共感していく経験が増えていくことになるでしょう。
持続可能な社会に向け、自分の何らかのアクションが未来を変えたという成功体験をした人が身近にいれば、成功体験の輪が伝播していきやすいはずです。その際に大切なのは、しっかりとした価値観で応援することです。

村上:そうですね。日本の「地方創生」も、実はサステナブル資本主義と相性がいいと思っています。大きな仕組みでなくとも、小さなエコノミーの中でサステナブルの形はできるはずです。価値観にいかに共感してもらえるかが重要であり、小さな活動が大きな成果を生むと考えています。
労働者、行政を巻き込んでサステナブルな形を小さくてもつくり、5%の共感的な消費者が徐々に増えていけば理想的ですね。そうした成功モデルは、世界に広がっていく可能性を秘めています。
そのような気づきにつなげていただけたらと思い、本書を書きました。
荒木:「GAFAを超えるぞ」といった大きなものでなく、手触り感のある、小さなところでエコシステムを回していくことにヒントがある、というお話ですね。本日はありがとうございました。



(写真はすべて村上さん提供)
村上誠典(むらかみ たかふみ)
1978年、兵庫県生まれ。シニフィアン株式会社共同代表。東京大学・宇宙科学研究所(現JAXA)を経て、ゴールドマン・サックス証券に入社。東京・海外オフィスにてM&A、資金調達、IR、コーポレートファイナンスの専門家としてグローバル企業の戦略的転換を数多く経験。2017年に「未来世代に引き継ぐ産業創出」をテーマにシニフィアンを創業。200億円の独立系グロースキャピタルを通じたスタートアップ投資や経営支援、上場/未上場の成長企業向けのアドバイザリーを行なう。
荒木博行(あらき ひろゆき)
株式会社学びデザイン 代表取締役社長、株式会社フライヤーアドバイザー兼エバンジェリスト、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、株式会社絵本ナビ社外監査役、株式会社NOKIOO スクラ事業アドバイザー。グロービス経営大学院副研究科長を務めるなど人材育成・指導の分野に20年以上携わる。
著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑 これからの教養編』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)など。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。