エシカル・ビジネスで未来を拓く、白木夏子氏が伝えたかったこと
ものづくりに「社会への配慮」が欠かせない理由とは?

「エシカルな方法でジュエリーがつくれることを業界の人たちに知らせることから世界を変えていきたい」。こうした志のもと、人や社会、環境に配慮したジュエリーブランドHASUNAを立ち上げ、CEOとして世界で活躍する白木夏子さん。エシカルという概念を広めてきた白木さんは、新著『ファッションの仕事で世界を変える』(筑摩書房)にどんなメッセージをこめたのでしょうか?
ビジネスや起業によっても貧困や環境問題へのアクションを起こせる
『ファッションの仕事で世界を変える』を執筆したきっかけは、ちくまプリマー新書の編集者さんから、若い方向けにエシカルや起業のノウハウをまとめてほしいとお声がけいただいたことです。ちょうどHASUNAを起業した2009年から10年が経ったタイミング。良い節目だし、今までの経験や研究の集大成となるものをつくりたいと思っていました。
これまでは、私個人の起業経験やマインドセットに関わる部分をビジネス書やエッセイとして綴ってきました。ですが今回は、データやエビデンスに基づいて、エシカル・ビジネスを立ち上げ軌道に乗せるための道筋を体系的に書くという初の試みでした。
また、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部で教員として起業家育成と研究を行ってきたことも執筆に影響しています。若い方々に、起業家としての視点の持ち方や事業計画書のつくり方、マーケティングなどを教えることが増えてきました。そのなかで体系立ててきた起業のプロセスや実例をまとめたのが本書です。貧困や環境問題に対するアクションは国際協力などの援助だけではない。ビジネスや起業によっても行動を起こし、世界を変えていける――。そんなメッセージを若い方々に伝えられたらと思っています。


「エシカル」という言葉が広がった3つのターニングポイント
日本では現在、「サステナブル(持続可能な)」「エシカル(倫理的な)」という言葉が当たり前のように使われるようになっています。ですが、HASUNAの構想を考え始めた2008年当初は、ネットで「エシカル」と検索しても日本語では何も情報が出てこなかった。また、フェアトレード認証マークのついた商品も限られたショップでしか買えなかったのです。
振り返ると、そこから現在に至るまで変化のターニングポイントが3つありました。
1つめは2011年の東日本大震災のとき。震災復興のために寄付だけでなく、東北での消費やビジネスを応援しようという取り組みがメディアで紹介されました。そこで「エシカル消費」「エシカル商品フェア」といった言葉が広がっていきました。
2つめのターニングポイントは、バングラデシュの縫製工場ラナ・プラザが崩壊した2013年。犠牲になったのは、そこで働いていた1130名、負傷者は2500名以上にものぼりました。劣悪な環境のもとで先進国に向けてのファストファッションを生産していたことが世界に大きな衝撃を与えたのです。このラナ・プラザ崩落事故を機に、製造責任を考えようという動きが芽生え、ファッション業界の人たちがファストファッションへのアンチテーゼとしてのものづくりの道を模索するようになりました。
そして3つめのターニングポイントは、2015年9月の国連サミットでSDGsが採択されたことです。そこから日本の大企業や教育機関でもSDGsを実践に移そうという動きが加速していった。エシカルなものづくりやサスティナビリティに配慮した会社の設立が、一般の方々に広まったのがここ数年ですね。
HASUNA創業時にはエシカルという概念が広がっていくと信じて、啓発活動をコツコツ続けてきました。そのなかで共感してくれる方や、同じように活動する仲間たちがどんどん増えていった。創業時に描いていた未来が現実になってきて、10年あればある程度のことが実現していくのだと改めて思いました。
ミレニアル世代が消費の中心に。企業が存続するために欠かせない発想とは?
2030年には、世界の労働人口の75%がミレニアル世代になると予測されています。デロイト・トーマツの「ミレニアル世代の意識調査」によると、ミレニアル世代はその企業が社会や地域にいかに貢献しているかに重きをおいて購買活動をする傾向にあるそうです。
この世代が消費の中心になるということは、エシカルやサスティナビリティの概念を製品やサービスに組み込まないと売れなくなり、企業生命が危ぶまれるということと解釈できます。企業として存続していくためには、ミレニアル世代やZ世代が共感するものをつくることが欠かせない。社会に配慮したものづくりが重視される現状は、これからエシカル・ビジネスを始めたい方にとって追い風といえるでしょう。
もちろん、エシカル・ビジネスを軌道に乗せるまでに、壁にぶつかることもあると思います。私の場合、支えになったのは世界中で自分と同じような志を持っている人たちとの出会いでした。アジア、南米、ヨーロッパなど、ジュエリーのビジネスや鉱山の開発などの世界を含めて、エシカルの概念を大事にする人たちがこんなにもたくさんいる。その事実を知っていたことでモチベーションを保てたと思っています。だから、社会起業やエシカル・ビジネスをめざす方には、同じ志をもつ仲間を見つけることをすすめたいですね。


白木 夏子 Natsuko Shiraki
1981年8月29日生まれ 血液型:AB型
ジュエリーブランドHASUNA Founder & CEO、ブランドプロデューサー・ディレクター。
武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部教員・研究所客員研究員。英ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て2009年に株式会社HASUNAを設立。
ジュエリーブランドHASUNAでは、ペルー、パキスタン、ルワンダほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作し、 エシカル(=道徳的、倫理的)なものづくりを実践。”未来へと受け継がれるジュエリーブランド”として、日本におけるエシカル消費文化の普及につとめる。
その他にもセレクトショップ、化粧品、アパレルブランド、その他各種企業のブランドディレクションに携わる。2019年からは東海地区の女性起業家育成プログラム《NAGOYA WOMEN STARTUP LAB.(名古屋女性スタートアップ研究会)》にディレクターとして参画。2020年からは武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野大学EMC)に教員として、研究所に客員研究員として所属し、アントレプレナーシップに関する研究と起業家の育成を行っている。 女性の働き方や起業、ブランディング、サスティナビリティ、SDGs等をテーマに国内外で講演活動も行う。
2011年、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011キャリアクリエイト部門受賞をはじめとして、 2013年には世界経済フォーラム(ダボス会議)にGlobal Shaperとして参加。2014年には内閣府「選択する未来」委員会委員を務め、Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」に、2017年にはCNNが選んだ日本人女性「リーディング・ウーマン・ジャパン」に選ばれるなど、世界的にも注目を集める起業家である。
Exective Program, Lee Kuan Yew School of Public Policy, National University of Singapore 修了 (2015年)
BA Development Geography, King's College London, University of London 修了 (2005年)