
世界トップ投資家に信頼された、GIVEの姿勢と諦めない力
「お金もコネも英語力もない」。そんな状態からシリコンバレーに渡り、起業家として歩んできた10年間を綴ったのが『シリコンバレーによろしく』(大和書房)。
著者の内藤聡さんは、Anyplaceの創業者・CEOであり、シリコンバレー発のリモートワーカー向け滞在プラットフォーム「Anyplace」は、ニューヨーク、サンフランシスコなどの都市で家具付きアパートメントを提供しています。内藤さんはYouTube共同創業者のスティーブ・チェン氏、Uber初期投資家のジェイソン・カラカニス氏といった世界トップ投資家から日本人として初めて出資を受けた起業家としても有名です。
トップ投資家らに信頼される起業家になるには? 成功する「事業アイデア」はどうやって生み出すのか。挑戦を続けるための原動力について伺います。
ライター・松尾美里
── 『シリコンバレーによろしく』は、内藤さんがシリコンバレーに渡り、起業家として歩んできた10年間のリアルが描かれていて、背中を押されました。このタイミングで執筆された背景を教えてください。
きっかけは、僕のブログ「シリコンバレーによろしく」を読んでくださっていた編集者の方からお声がけいただいたことでした。「まだ道半ばの自分が書いてもいいのか」という迷いもありました。ですが、大きな成功を収めてからだと、綺麗なことしか書けなくなり、読み手との距離も生まれてしまう。それなら、今の自分にしか書けないことを書こうと思いました。
もう一つ、大事にしていたのが「シリコンバレーは雲の上の存在ではない」と伝えることです。僕自身、渡米前は「自分とは違う世界」だと思っていました。でも実際は、日本人でも当たり前に挑戦できる場所なんですよね。
シリコンバレーと日本の違いは、起業家の能力の差ではなく、「ルールの違い」だと捉えています。アメリカのスタートアップは、ヒットではなくホームランを狙いにいくし、ベンチャーキャピタルも「パワーロー」の考え方で動いている。100社ある投資先の1社がSpaceXやOpenAI、Airbnbのような大成功を収めれば、残りの99社が失敗してもいい。そんな前提があるから、起業家にも思い切ってフルスイングを促すのです。一方、日本の投資家は「投資先みんなに成功してほしい」と考え、ヒット狙いの手堅い戦い方になる傾向があります。
IPOしたSpaceXも、イーロン・マスクは創業当初、成功確率を10%以下だと思っていたといいます。その確率にベットできるかがルールの違いであり、失敗が許されているからフルスイングを振れる。本書には、そんなルールを経験した日本人が増えてほしいという思いを込めました。

── 大学生の頃にシリコンバレーで起業しようと、内藤さんを突き動かしていたものは何でしたか。
きっかけは、学生時代にFacebook(現Meta)の創業ストーリーを描いた映画『ソーシャル・ネットワーク』を観たことでした。自分とほぼ同じ歳の若者が、自ら作ったプロダクトで世界にインパクトを与えている。その事実に心が震え、「現地に行こう」と決めました。
ちょうど僕のブログを読んでくれていた起業家の先輩方との出会いにも背中を押されました。投資家や起業家に自らインタビューをオファーし、発信していったことが、結果的に人との縁をつないでくれたと思います。
── 内藤さんが事業アイデアを見極めるうえで、大切にしてきたことは何ですか。
最初の2年間は、色々なアイデアを試したものの、ピボットの連続でした。最終的に腹落ちしたのは、Y Combinatorをつくったポール・グレアム氏が提唱する「自分がほしいけれど、まだこの世にないものを作る」というアプローチでした。
起業は大変なことが多いので、起業家自身が心から信じられるプロダクトじゃないと続かないんですよね。最初のアイデアについては、すでにAirbnbにくわえ、ホテルの売れ残り客室を安く予約できるサービスHotelTonightが伸びていたので、その民泊版は筋が良さそうに思えました。ところが、実際は良い民泊の空室はまず余っていないし、結局それは「自分がユーザーとして本当にほしかったもの」ではなかった。
もともと僕は、AirbnbやUberのような、人と人をマッチングさせるシェアリングエコノミーやマーケットプレイス型の事業が好きで、そこにアートに近い面白さを見出していました。同時に、事業で向き合うなら「衣食住」のようにずっと必要とされてきた、普遍的なテーマがいいとも思っていた。
そこから自分自身が心からほしいと思えるプロダクトを探してたどり着いたのが、「ボタン一つでホテルに住める」というAnyplaceのアイデアです。その後コロナ禍を経て、リモートワーカーが本当に必要とする「働きやすい長期滞在の住まい」というニーズが重なり、今のサービスに至りました。

── 内藤さんはスティーブ・チェン氏やジェイソン・カラカニス氏など、世界トップクラスの投資家との関係を築いてこられました。信頼関係を築くうえで、一番大切にしてきたことは何でしょうか。
起業当初の僕は、英語もネイティブではないアウトサイダー。まずはできる範囲で相手の役に立つことを意識しました。見返りを求めずに、相手のためにGIVEを続け、それが次世代に引き継がれていく。特にカリフォルニアのベイエリアには移民の方が多く、「ペイフォワード」のカルチャーが醸成されているんです。
最初は手札が少ないので、GIVEの内容はしょぼくてもいい。相手が来日するなら美味しいお寿司の店の情報を送るとか。すると、ふとしたきっかけで連絡をもらえるようになります。逆に、見返り目的のGIVEは、相手にすぐ伝わってしまうものです。
── 投資家と対話を重ねる中で「伸びる起業家」の特徴はどのようなものだと感じましたか。
アーリーステージの投資家がよく口にするのは、「賢い人はいくらでもいるけれど、諦めない人や、物事を達成しきる人は意外と少ない」ということ。スタートアップはリソースゼロの状態から、工夫して事業を伸ばさなくてはなりません。事業開発でもセールスでも、戦略を泥臭くハックしていく人は評価されています。
戦略や打ち手はいくらでも真似できてしまう。でも、ファウンダー自身の個性や能力は、誰にも真似できません。だから投資家は、そこに目を向けるんだと思います。
彼らの粘り強さを支えるのは、「なぜこの事業をやるのか」という大義や使命感です。僕自身もファウンダーの中にその大義が明確にあると、軸がぶれにくく、心も折れにくくなると感じています。
── これまでの起業家人生を振り返って、最も苦しかった出来事は何でしたか。
振り返るといくつもありましたが、1つは起業当初の2年間です。事業と呼べるものがまだ何もない中、投資家からお金を集めていて、説明もしなければいけない。人に会うたびに話すアイデアが変わっていて、自信を持てない状態が本当につらかったですね。
ユーザーがつかない、資金がショートしそうになるなど、不安と隣り合わせの状態は起業につきもの。ただ、それまで存在しなかったサービスが形になり、実際に使ってお金を払ってくれる人がいる。その喜びが大きいから、簡単にはやめられない。
また、起業家はみんな似た苦労を経験しているとわかると、気持ちが軽くなります。投資家ベン・ホロウィッツ氏の『HARD THINGS』が広く読まれたのも、「誰しもハードシングスがある」と気づけることが、一番の安心材料になるからだと思います。


── お話を伺っていると、起業家精神(アントレプレナーシップ)は会社員にも重要な気がしてきました。会社員でも意識するとよいマインドセットはありますか。
起業家にとっての評価は顧客がすべてといえます。ところが組織が大きくなると、評価者が組織内に増えていく。評価者を気にし出すと、良いものが生まれにくくなってしまうのです。
大企業にいる方で「この人面白いな」と思う方々は、「社内で評価されなかったら他に行けばいい」と考える人が多い印象です。「ずっとこの会社にいなくては」と思っていたら失敗を恐れて挑戦が難しくなってしまう。
その点、アメリカでは数年での転職が前提の文化なので、大胆な挑戦をしやすいと感じます。日本だと過去の実績が重視されがちですが、アメリカは実績よりもサービス自体の良さで意思決定できる。それも転職文化と地続きだと思います。
また、成功する起業家は楽観的な人が多いです。悲観的な人は分析力があって賢く見えますが、結局リッチになっているのは楽観的な人のほうが多い。できない理由はいくらでも出てくる中で、いかにやりたい理由を優先できるか。これは起業だけでなく新規事業などでも大事ではないでしょうか。

── 現在スタートアップへの投資トレンドというと、AI花盛りだとは思いますが、内藤さんが注目している動きはありますか。
やはりAIは大きな割合を占めますし、フィジカルAIと宇宙も伸びています。2026年6月にSpaceXが過去最大規模のIPOを果たして、いよいよ本格的に宇宙スタートアップが盛り上がっています。イーロンが「サイエンスフィクションからフィクションをなくす」と語っていた世界が近づいているなと。今の技術なら3か月ほどで火星に行けるようになるという声もあり、急に現実味を帯びてくるんですよね。
宇宙もフィジカルAIも、ルールが未整備な領域に踏み出せるのが、アメリカの強さだと思います。自動運転のWaymoも、日本ならすぐには走らせられない状況でも、路上を走っているのが普通の光景になっている。多少のリスクを許容できる文化があるからこそ、新しい産業が生まれるんだと思います。
ヒューマノイドロボットも、5年、10年以内に街中を歩いているかもしれません。中国もかなり進んでいますが、米中関係次第では中国製のロボットを使いにくい場面もあるでしょう。そこは日本にとってチャンスかもしれません。
フィジカルAIは現場での学習データが何より大事なので、人手不足で現場への導入が進みやすい日本は有利なポジションにいます。ロボットそのものだけでなく、学習したオペレーションやベストプラクティスをパッケージ化して輸出する道もあり得ます。少子化でオペレーションが優れている国という独自性が武器になる可能性があるということですね。
── 著書では『後世への最大遺物』が影響を受けた本として紹介されていましたが、ほかにも内藤さんの価値観に影響を与えた本はありますか。
サイモン・シネック氏の『WHYから始めよ!』です。人は機能や価格でサービスを選んでいるわけではなく、背景にある「Why(なぜそれをするのか)」に惹かれて選ぶ、という話です。
Apple製品を選んでいた人たちも、性能(What)よりも「世界を変える」というWhyと、それを体現する「Think Different」的なもの作り(How)に価値を感じていました。その結果生まれたのがMacやiPhoneです。
WhatやHowは真似できても、根底にあるWhyは真似できない。それがファンに支えられるブランドの土台になるんだと思います。読み返すたびに新しい気づきがある一冊です。


── 最後に、内藤さんのビジョンを教えてください。
Anyplaceで実現したいことは、事業をさらに成長させ、世界中にAnyplaceがある状態をつくることです。人が「住む」と「働く」というライフサイクルをもっと簡単にしていきたい。
もう一つのビジョンは、本書の執筆理由にもつながりますが、もっと多くの日本人がアメリカで挑戦したいと思ってもらえるようにすることです。挑戦している経営者の姿を見て、「自分もやれる」と思える人が増えていく。だから僕自身は何があってもあきらめないと決めています。
日本は内需だけで十分に豊かでいられた時代が長く続きました。しかし、人口が減っていくので、今後は海外で挑戦して力をつけ、その経験を日本に持ち帰る人たちが、日本の経済を盛り上げていく時代になっていくと思います。
内藤聡(ないとう さとる)
1990年、山梨県甲府市に生まれる。実家は木工機械を扱う町工場。高校まで山梨でバスケットボールに打ち込む。立教大学経済学部に進学後、池袋のつけ麺屋を巡る学生生活を送るなか、映画「ソーシャル・ネットワーク」に感動し、起業に憧れを抱く。在学中に立ち上げたブログ「シリコンバレーによろしく」が話題に。大学卒業後に単身渡米し、2015 年に会社を設立するも事業に失敗。試行錯誤の末、2017 年にリモートワーク向け賃貸事業Anyplace(エニープレイス)を開始。Uber の初期投資家として知られるジェイソン・カラカニス、YouTube 共同創業者スティーブ・チェンらから出資を受け、全米主要都市を中心に事業を展開。2018 年、「Forbes JAPAN 30 UNDER 30(世界を変える30歳未満30人の日本人)」に選出。現在、サンフランシスコ在住。