要約の達人が選ぶ、今月のイチオシ! (2020年3月号)


4月からまた新しいシーズンが始まる、という方も多いかと思われます。新しいことを始めるとき、過去を振り返るとき、本はきっとその大きな助けになってくれるでしょう。2020年3月の編集部イチオシをお届けいたします。



先日、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2020」の授賞式が行われ、本書が名だたる名著を押さえ、イノベーション部門賞に輝いた。
本書の著者・中村朱美さんは「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」の経営者。一日100食限定というお店で、昼のみ営業で売り切れ次第終了となる。
メディアではその珍しい営業手法や“100食限定”というレア感をよく取り上げられていたが、最近は中村さんの経営に対する考え方や、従業員の働き方にもフォーカスされるようになってきた。
「売上が全てを癒す」という考え方の全く真逆をついたタイトルにまず驚くが、売上を「捨てた」わけではない。
毎日きちんと100食売れれば売上は右肩上がりにならないまでも、横ばいで安定する。そして、100食限定だから、お店が混んだ日であれば早めに売り切れになり、営業は早く終わるわけだ。
売上は安定。忙しい日であればあるほど早く帰れる。営業時間ばかりが延び、売上は上がっても給料が上がらず、従業員が疲弊するというような飲食店によくある悪循環には陥らない。
原価率の話にも驚いた。一般的には30%が目安とされるが、「伯食屋」の原価率はなんと約50%。
ステーキ丼を提供する西院店では、牛肉の各部位を無駄なく使い切れるようなメニュー設計をし、ロスを極力出さないことで、上質な食材を使い続けているそうだ。牛肉の本来捨てられてしまう部分はソースに使うなどして、90%を食材として使用している。100食限定という縛りがあるので、当然仕入れすぎる心配もない。
そしてこの後、店舗展開を広げていく中でさらにスケールメリットが出てきて、より高品質なものを低価格で提供できる可能性を秘めている。
今回の受賞で本書は5万部を突破。一日100食で5万食を出すとなると何日かかるのだろう。本書の反響を見れば一目瞭然。「伯食屋」は売上以上にブランディングに成功していると言える。
「100食限定」という一つの決断が多方向にイノベーションを生んでいる。今後も注目の経営者であることは間違いない。



「仕事」「睡眠」「家族」「運動」「友人」の5つのカテゴリーから、その日に注力するタスクを3つだけ選び、集中する。その日は「アンバランス」でよしと考え、毎日自分の状況や希望に応じて、「ピック・スリー」の中身を変えていく。そうすれば、長い目でみると「バランスのとれた」幸せな人生が手に入る――。そんなシンプルでありながら画期的な方法を提案してくれるのが本書だ。
本書の面白さは、ピック・スリーの達人たちの具体例の多彩さと、私たちの行動パターン別のアドバイスのきめ細やかさにある。たとえば、「いやいや、家族の制約があるから仕事や友人はピックできない」といった方に対しても、「こんな対処法があるよ」と、優しく手を差し伸べてくれる。そんな著者は、起業家、投資家、3児の母といった顔をもち、マーク・ザッカーバーグの姉でもある。ピック・スリーを編み出すまでは苦労の連続だったそうだ。だからか、どんな境遇にあっても希望を見出せるというメッセージが、ひしひしと伝わってくる。
私が特に「いいね!」と思ったのは、5つのカテゴリーに「友人」が入っていることだ。仕事や家族に比べて、この「友人」というカテゴリーをついつい後回しにしがち、という方もいるのではないだろうか。『死ぬ瞬間の5つの後悔』で、後悔の1つとして「友人と連絡を取り続ければよかった」が挙げられているように、いかに友情を育んでいくかというのは、実は大事なテーマなのだと気づかされた。
『ピック・スリー』の考え方は、人生100年時代を自分らしく、幸せに生きるための処方箋にもなってくれる。友人関係・スキル・健康といった「無形の資産」を築いていこうといわれても、何から始めたらいいのかわからない――。「あれも、これも」やろうと予定に詰め込んで、結局どれも中途半端になってしまう。
そんなモヤモヤや罪悪感があるときは、本書のように「シンプルなものの見方」をしてみると、頭の中を交通整理でき、心が穏やかになってくる。すると自分にとって本当に大事なものが見えてくるし、新しいことを始めるための「余白」ができるのではないだろうか。
「いまの生き方・働き方でいいのか?」と自問することが増えたのなら、著者やピック・スリーの達人たちの生き方にアレンジをくわえながら、生き方を軌道修正してみてもいいかもしれない。



「妄想」は楽しいけれど、それを実現するのは難しいもの。それが自分だけのことではなく、組織も関わってくるとなれば、なおさらです。
本書は『直感と論理をつなぐ思考法』の著者である佐宗邦威氏が、「企業内でイノベーションを起こす方法」に絞って解説したものです。特にすばらしいなと思ったのが、イノベーションを起こすうえで大事なマインドやスキルだけでなく、ともすれば過小評価されがちな「細かい調整」の方法についても具体的に触れているところで、このあたりは外資・国内企業の両方を経験している著者ならではの気配りと言えます。
昨今ではアントレプレナー(起業家精神)の重要性が説かれておりますが、組織に所属する大多数の方々にとっては、むしろイントレプレナー(社内起業家)の素養こそ身につけるべきでしょう。「制約と調整コストがかかる代わりに、使えるリソースは多い」のがイントレプレナーのいいところ。組織のなかでモヤモヤを抱えている人にこそ読んでほしいところですが、「創造」や「未来」に関して強い興味を持っているのなら、まず読んで損はしません。組織ではなく、仲間が欲しくなる。そんな素敵な一冊でした。



表紙の落ち着いた印象とはうらはらに、内容はまるで血沸き肉躍る歴史小説のような一冊です。
「良きにつけ、悪しきにつけ、二十一世紀のイギリスは彼女の記念碑である」という、政治評論家マルカンドの言葉が本書では引用されています。それほどまでに圧倒的な存在であるサッチャーは、どうやってイギリス初の女性首相として辣腕をふるうことになったのでしょう。
始まりは党首選における予想外の勝利でした。野党として雌伏の時を過ごした末にようやく政権を握ったものの、支持率は低迷。次期総選挙では勝てないだろうと誰もが想像していたタイミングで、フォークランド戦争が起きます。
まさにここがサッチャーの正念場でした。
戦時においてサッチャーは、ずば抜けた指導力とバランス感覚を発揮し、国民から「戦う女王(ウォリアー・クイーン)」の称号を与えられるのです。このあたりの流れと盛り上がりたるや、「おおお」と胸のうちで快哉を叫ばずにはいられません。
本書は、サッチャーが政治の舞台を去るまでの出来事を追うのみならず、王室や各国首脳との関係、生い立ちや家族、信仰などにも光を当てることによって、サッチャーの人物像とサッチャリズムの全貌をあぶり出そうとしています。
読み終えて思うことは、サッチャーは、「リーダーシップ」「女性活躍」「ブレグジットに至るイギリス政治の源流」等々について考える格好の題材ではないかということです。
さらにいえば、本書は、人文社会科学部門の優れた著作に贈られる、山本七平賞受賞作。イギリスをはじめとする各国大使を歴任した著者の筆が冴えわたる秀作です。



誰もがカメラ付きケータイを持つ今、好むと好まざるとにかかわらず、私たちは自らの姿と向き合わなければならなくなりました。撮る/撮られるだけではありません。「はい、チーズ」で撮った写真から「いつの間に?」と驚くような写真まで、ほとんど自動的にSNSにアップされる時代でもあります。
では、カメラ付きケータイがない時代には、いかに自分と向き合っていたのでしょうか? その答えのひとつが「自画像」です。
本書では、「自画像」を描く(もしくは描かない)という行為を通して自らと向き合ってきた画家たちのエピソードが紹介されます。自画像の歴史はおよそ600年で、自画像を通して自らの顔に向き合った画家もいれば、もっと奥深く、内面やキャリアを見つめた画家もいたようです。
印象的だったのは、メキシコの画家、フリーダ・カーロのエピソード。フリーダ・カーロは、ファッション誌の表紙を飾るほどの美人でした。彼女は常に見られる存在であり、自画像はその魅力をアピールする手段だったのです。
彼女はやがて、親子ほど年の離れた、メキシコにおける革命の申し子と評されていた男性と結婚。この結婚もまた、彼女のユニークさを十二分に引き立たせるものとして機能しました。
彼女のエピソードからは、現代のSNSが想起されませんか? 巧みに加工された自撮り写真、24時間で消えてしまうのに熱心にアップされる写真、若者たちがカップルで共有するアカウント……時代は変われど、私たちは決して自分という存在から、そして自意識から逃れることはできないのだと、ひしひしと感じさせられたのでした。