要約の達人が選ぶ、今月のイチオシ! (2020年4月号)


新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、なかなか自由に外へ出歩けない方も多いかと思われます。身動きのとれないとき、書籍の存在はじつに心強いもの。これを機ととらえ、前から気になっていた本に読み耽るのはいかがでしょう。2020年4月、編集部のイチオシをご紹介いたします。



「教養」という言葉の入ったビジネス書を、最近よく目にする気がします。それだけビジネスにおいても「教養」の重要性が周知されるようになったということでしょう。それに関連してか、この頃は「アート」という言葉も、ビジネスパーソンの間で注目を集めるようになりました。
ですが、そうなると思うわけです。「そもそも教養ってなんぞ?」と……。一応僕は大学時代、教養学部というところに所属しており、それなりに幅広くいろいろな授業に首を突っ込んだわけですが、卒業しても「これが教養というものだよ」と語れるようにはなっていません。否、自分の口からは恐ろしくて、とてもとても「これが教養というものですよ」とは言えないのです。それほどまでに「教養」という言葉は格調高く感じるわけですね。
さて、本書です。タイトルはなんと『教養の書』。どストレートもいいところです。これだけでもすごいのですが、著者は本書のなかで「教養」をはっきりと定義づけています。こんなこと、真の教養人か洒落者でないと書けません(著者の場合、おそらく両方です)。ですがすごく納得感がありますし、文章の切れ味もピカイチ。その具体的な内容は本書に譲りますが、読んでいて楽しく、人生の指針になる、そんなすばらしい一冊でした。折を見て何度も読み返しつつ、自分なりに教養の道を歩んでいきたいものです。



ここ数年、アート×ビジネスの分野が注目を集めています。書店にも多くの関連書籍が並んでいるので、既にご覧になっている方も多いでしょう。とはいえ、学んだことを実践につなげられている方は、まだそう多くないのではないでしょうか。
本書もまた、アート×ビジネスについて論じた一冊です。特筆すべきは、ビジネスでアートの効果を実感するために必要な力(=アートパワー)と、ビジネスにおけるアートの力(=アート効果)を明文化している点。問題提起力、想像力、実践力、共創力という4つの力を使い、ビジネスにアートを活用することで、ブランディング、イノベーション、組織活性化、ヴィジョン構想の4つの効果が期待できるのだといいます。
それでも、「自分の会社/職種には、アートを生かせそうにない」と感じるでしょうか? そんな方にはぜひ、本書で紹介される事例を読んでみていただきたいと思います。
取り上げられているのは、寺田倉庫、ヤマハ、マネックス、アクセンチュア、スマイルズ。加えて、ぴあで働く「浅野さん」が「アート・イン・ビジネス」を実践していった過程も紹介されています。いずれも、一見、アートとの関連が見出しにくい企業ではないでしょうか?
こうした企業の事例を読んでみると、自分の仕事とアートをかけ合わせるアイデアが浮かんでくるかもしれませんし、そもそもアートに関心が湧いてくるかもしれません。いずれにせよ本書は、まるで一つのアートであるかのように、あなたにインスピレーションを与えてくれることでしょう。



2020年11月に大統領選挙を控えるアメリカ。トランプ大統領が再選するのか、それとも民主党が政権を奪還するのか。政治や経済、社会に走る「分断」の行方に対し、世界中から注目が集まっている。なかでも、成熟した民主主義社会において深刻なのが、「アイデンティティの分断」だ。アイデンティティの分断とは、人々に自らが属する集団に対する過度の帰属意識を持たせ、対立する他集団の人々を敵対勢力として認識させる社会状況を指す。こうした分断が行き過ぎると、民主主義システムによって社会の合意を見出すことが不可能なレベルに近づいていく。
本来、私たちは一人ひとり、多様なアイデンティティを抱えている。そして、人生をかけてアイデンティティを発見し、選択して、受容し、アップデートさせていく。一方で、人々のアイデンティティを画一化し、それによって社会に分断をもたらそうとするパワーが存在する。その典型例といえるアメリカ大統領選挙では、有権者は多様なアイデンティティを剥ぎ取られ、「赤(共和党)」か「青(民主党)」かのどちらか1色に染め上げられてしまう。
もちろん、アイデンティティの画一化や分断は、日本にいる私たちと無縁なわけではない。たとえば、「団塊の世代」「ロスジェネ」「Z世代」「ワーキングプア」といった属性によるラベリング、いわばレッテル貼りは至るところに見受けられる。そして、こうしたレッテルにより、自己概念や自分のとりうる選択肢が、知らず知らず狭められているケースもあるのではないだろうか。
アイデンティティの分断は、今後、Facebookによる「リブラ」や中国共産党による「デジタル人民元」といった、ブロックチェーン技術を用いた仮想通貨の台頭により、新たな様相を帯びていくという。その詳細は要約に譲るが、アイデンティティの分断から目を背けることは、自分らしい幸せな生き方から遠ざかることのように思えた。
世界の政治情勢に精通した著者によると、アイデンティティの分断を拒絶するのではなく、自ら意識してアイデンティティを取捨選択し、優先順位をつけることが重要なのだという。そのために必要なことは何なのか。
私自身は、自分のなかにある幅広い多様性、つまり「個人内多様性」を理解しようとすることだと感じた。「実は私はこんな価値観を大事にしているのではないか」と、その1つ1つを言語化していくことは、精神的に大変なプロセスかもしれない。けれども、「私のなかにある多様な私」に光を当てていくことで、自然と、他者における「個人内多様性」や、同一集団における「集団内多様性」にも目が向くのではないだろうか。一人ひとり異なる背景や経験、志向によって織り上げられていったタペストリーのような「個人内多様性」に関心をもてるか。そして、その複雑性や変化可能性に向き合おうと思えるか。その意志をもち続けていれば、分断の圧力にさらされていても、しなやかで納得感のあるアイデンティティを手にすることができるはずだ。本書は、そんな気づきと知恵を授けてくれた大事な一冊である。