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できる人はちゃんと「聴いて」いる〔前篇〕

できる人はちゃんと「聴いて」いる〔前篇〕

『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』

イチオシの本ベストセラーのポイント解説

「つまらないギャグを言う人は、大抵人の話を聞いていない」 「『アドバイスをしよう』と思って聞くと失敗する」 「孤独をいちばん感じるのは、『よいことが起こった』のに誰にも気づいてもらえないこと」

一つでも引っかかった気持ちになるなら、この本を手に取りましょう。 2021年8月に発売して以来、各界著名人にも注目され続けている本書。「聴くこと」のエキスパートをも魅了するこの本をひもとけば、「一生の友人をつくり、孤独ではなくなる、ただひとつの方法」(帯文)が手に入ります。

この記事では、本書の内容を適宜引用しながら、「聴くこと」の大切さと本書の魅力をお伝えできればと思います。

ライター・石田翼

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LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
ケイト・マーフィ 篠田真貴子(監訳)(その他) 松丸さとみ(訳)
日経BP
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LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる
著者
ケイト・マーフィ 篠田真貴子(監訳)(その他) 松丸さとみ(訳)
出版社
日経BP
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なぜ耳はふたつあるのか

「あなたが最後に、誰かの話に耳を傾けたのはいつだったか、覚えていますか? 次に何を言おうかと考えたり、ちらりと携帯電話を見やったり、相手の話をさえぎって自分の考えを話し始めたりせずに、本気で聴いたのは?」

「誰かがあなたの話を本気で聴いてくれたのは、いつだったでしょうか? 誰かが自分の言葉に注意を向けてくれ、的を射た反応をしてくれて、本当にわかってもらえた、と最後に感じたのはいつ?」

(本書「はじめに」p.25より。以下、ページ数は引用箇所)

私はこの言葉を読んだとき、逆の意味で思い当たることが多すぎて、しばらく頭が真っ白になりました。

真剣に話を聞いていたつもりだけれど、テーブルの上にはスマホを置いたままだったかもしれない。

聞きながら、どういうアドバイスをするか考えていたかもしれないし、さっき食べた餃子のニラが歯に挟まって、舌で触り続けていたかもしれない。

本書でも書かれているように、人間の思考は次から次へとめぐっていくものです。だからこそ、真正面から「聴く」ことはとても意識的に行なわないといけません。

「私たちは聴くことでしか、人として関わり、理解し、つながりあい、共感し、成長できません」(p.26)

「自然は人間に、舌ひとつと耳ふたつを与えた。自分が話すその倍は、人の話を聞くようにと」(古代ギリシャの哲学者エピクテトスの言葉、p.26)

何もしなければ、私たちはすぐに自分の頭のなかに閉じこもってしまいます。孤独な人は、「自分の考えや感情を話す相手」がいないだけでなく、「考えや感情を聞かせてくれる人」もいません(p.43)。

人が豊かに生きていくためには聴くことが必要なのです。数多くのインタビューをこなしてきたジャーナリストの著者は、聴くことのプロとしてその大切さに気づいたからこそ、「Listen」という名前の本を書いたのでした(Listenはどちらかというと能動的に“聴く”ことを意味する単語であり、受動的に耳に入ってくる“聞く”行為を指す「Hear」とは区別されます)。

ia_64 / gettyimages

聴くのはすごく難しい

もう一度、冒頭の問いかけを思い返しながら、あるケースを考えてみましょう。

親しい友だちから相談事を持ちかけられたとき、「じゃあ、飲みながら話そうか」と居酒屋に行ったとします。あの件かな、となんとなく思いつくものもあります。

顔は友だちのほうへと向けていますが、スマホをテーブルに置き、つまみを食べながらお酒を飲んで、次の注文は何にしようと思い描いたりもしています。

相談内容は大体思っていた通り、恋愛の悩みでした。いつものパターンを思い浮かべ、どのように言葉をかけるか、どのタイミングで切り込むか考えます。

この人は、きちんと話を「聴く」ことができるでしょうか。

相談事に耳を傾ける場として居酒屋が適切かどうかは人それぞれですが、このケースではあまり集中することができそうにありません。それでも、こういうことはよくあります。話をファミレスやカフェテリアなどに置き換えてみても同じです。

問題は、環境のせいだけではないということです。自分がいくら聞こうとしていても、いくつかの要因で「聴く」ところまでたどり着けないのです。

「実は私たちの誰もが、愛する人に関しては思いこみをする傾向にあります。これは『近接コミュニケーション・バイアス』と呼ばれています」(p.118)

本書では、ウィリアムズ大学とシカゴ大学の研究者らによる実験を紹介しながら、夫婦や親友同士では、お互いの言葉を理解しあっていると過大評価する傾向があることを示しています。

「親密であるがゆえに、相手も自分と同じものが見えている、自分たちの考えは似ているという錯覚」(p.120)が生まれるのです。

それがプラスに働くことももちろんありますが、このバイアスがあるために、細かな論点や感情の機微に対して盲目になると、重大な思い違いをしてしまうかもしれません。

「無意識のうちに、自分の先入観に合ったものだけに耳を傾け、選択的に聞くようになります」(p.135)

そう、無意識なのです。自分が聞きたいことを聞きたいように聞いてしまう。だからこそ、ついつい自分に引きつけた自分の考えを言いがちです。著者は、「自分のことを話すばかりでは、自分の知識に新しいものは何も加わりません。あなたは自分自身についてなら、すでによく知っています」(p.159)と辛辣な言葉を投げかけます。このままでは考えがずれていくばかりですし、最終的には「わからずや」の烙印を押されるかもしれません。

そして、会話中に気が散る「最大の原因は、『次にどんな気のきいたことを言おうかな』とか、もし言い争いの場なら『次にどんな破壊力のあることを言ってやろうか』といった、次に何を話そうかと考えること」(p.163)だと書きます。

気のきいたこと、までいかずとも、聞きながら話の流れを予測して、なんとなくの返事を用意することはありませんか? その時点で傾聴の姿勢から離れてしまっているのです。

Koukichi / gettyimages

「多様な意見」はすごく難しい

「話をきちんと聴かなかったがために、戦争が起こり、富が失われ、友情が壊れてきました」(p.26)

これは何も大袈裟なことではありません。過去から現在に至るまで起き続けている戦争は、利害の衝突する国家、地域、民族が互いに歩み寄る姿勢になれないことが、その大きな要因になっているところもあるでしょう。歩み寄れないのは、相手の言葉を聴き取れないからです。

ちょっとした誤解が大きな溝になり、二度と口をきかなくなる友人関係もたくさんあります。

「自分の強い信念や考え方に異論を唱えられたり、自分が間違っているかもしれない気配がわずかにしただけで、まるで自分の存続にかかわる脅威であるかのように感じてしまう」(p.180)

このことは、政治的信念に反対意見を言われたときの脳の活動を観察した実験で示されている、と本書は書きます。そのときの反応は、まるで熊に追いかけられているときのような「戦うか、逃げるか、すくむか」というものだったそうです。脳の構造がそうなっているのですから、自分と異なるものを受け入れるどころか、認識することさえいかに大変なことであるかがわかります。

だからこそ人はソーシャルメディアで、自分が馴染みやすい言葉に包まれようとします。ソーシャルメディアは、「誰もが世の中に向かって発信できる」一方で、自分の見解が正しいと思わせてくれる意見だけを選択的に聞く確証バイアスを強める装置でもあります(p.184)。

はじめは「ちょっとした傷」にすぎなかったものが致命傷になりやすくなっているのが、現代社会かもしれません。だからこそ著者は、聴くことの大切さを訴えているのです。

また、「積極的に自己アピールしないと存在価値がないのではという不安に駆り立てられる」現代では、「人の話を聞くとは、自分のブランドを押し出して名をあげるためのチャンスを逃すことになる」(p.62)という思い込みを持ちやすくなっています。

「耳を傾けるとは、誰かに同意するという意味でもなければ、同意を遠回しに要求することですらありません」(p.198)。逆に、話をきちんと聴かないと自分の存在価値を下げることにつながる、というのが本書の主張です。

「人の口から出てくる言葉ほど意外なものはない」ので、人の言葉とはそもそも不確実なものです。この「不確実性を避けたいがために人の話に耳を傾けないのだとしたら、そこで確実に起こることは、退屈な時間と、新しい学びがないためにあなた自身もつまらない人間になる」、と著者は説いてます(p.109)。

つねに「退屈な状態」になっている人の話を、誰が聴きたいと思うでしょうか?


傾聴できるようになる極意とは!
後篇につづきます
公開日:2022/03/22