欧州の危機の表紙

欧州の危機

Brexitショック


本書の要点

  • 政策を実行する能力が足りない国家がユーロ圏に参加していると、ギリシャ問題のように危機的状況が起こる可能性がある。

  • イギリスがEUから離脱しなければ、イギリスにとって有利な合意をEUから得られるはずだった。しかし、規制や移民に関する争点が、確かな根拠もなくEU離脱キャンペーンに悪用されたことで、EU離脱が多数派となった。

  • 今後、欧州は「アラカルト欧州」と、「ユーロ圏内2速度式欧州」の2つの方式によって、政治的安定と経済的利益を追求するだろう。

1 / 3

欧州の危機の諸相

EUがめざしていたもの

第2次世界大戦後に始まった欧州統合は、西欧の政治家が主導し、それを民衆が許容する形で行われた。スプラナショナル(超国家的)に経済統合を進めることで、欧州に平和と経済的繁栄をもたらそうというのが狙いである。これは欧州統合の父の1人であるフランス人ジャン・モネにちなんで、「モネ方式」と呼ばれている。EUでは複数の主権国家が主権を制限しながら存続し、主権を共同行使する仕組みになっている。これによって、EUはトランスナショナル(国境横断的)な関係を構築することに成功した。EU内では、物、人、サービスおよび資本の自由な移動が確保され、それによって生まれる財やサービスも国境を越えて自由に取引される。EUはこうした仕組みによって、経済的繁栄をめざしているのである。

EUが直面している問題

Rawpixel/iStock/Thinkstock

EUは現在、3つの大きな危機に直面している。ギリシャ債務問題、難民問題、そしてイギリスのEU離脱問題だ。これらは共通して、EUの制度に起因し、その制度自体を揺るがす内部的な問題である。2009年にギリシャで過大な財政赤字が露見したのをきっかけに、これが欧州債務危機へと発展した。この問題はEUの懸命な対応により、2013年にはなんとか収束した。しかし、発端となったギリシャでは国民の不満が蓄積するなど、未解決の問題が横たわったままである。また、難民問題も深刻である。EUの外ではシリアの内戦を逃れてトルコなどに避難していた人々が、難民申請をしてドイツやスウェーデンなどに向かうようになり、その数が急増している。現在では、どの加盟国がどれだけ難民の受け入れを負担するかをめぐって、EU内で亀裂が生じ、共通の政策が破綻しかけている。さらには、イギリスのEU離脱によって、ウクライナ問題をはじめとする対ロシア関係の弱体化や、世界経済における影響力の低下など、大打撃を被る可能性がある。イギリスに追随する加盟国が現れるリスクが高いことも、懸念の一つといえよう。

ギリシャ問題と単一通貨ユーロ

2002年から流通が始まった単一通貨のユーロは、参加各国の健全な財政を前提としている。そのため、ユーロに参加するには、財政赤字の対GDP比3%以内、政府債務の対GDP比60%以内といった、厳しい条件をクリアする必要がある。ギリシャがユーロに参加したのは2001年だが、ギリシャ政府は審査の前提となる財政統計を粉飾しており、実際には参加条件を満たしていなかったのだ。しかし、EUの憲法に当たる基本条約でユーロの不可逆性が定められていたために、ギリシャをユーロから離脱させる法的根拠がないと判断された。EUの基本条約は、救済禁止と健全財政を建前としている。そのため、危機管理のための金融支援枠組みが用意されておらず、ギリシャ問題に対するEUの対応は後手に回った。このように、ギリシャの能力不足に起因したギリシャ問題は、EU基本条約の根本を揺るがした。

2 / 3

イギリスとEU

イギリスと欧州諸国との関係

altamira83/iStock/Thinkstock

イギリスと大陸欧州諸国との関係は、イギリスが加盟する前から良好とは言えなかった。加盟後も、加盟条件の再交渉、予算問題、ユーロや司法・内務協力への不参加などの不和が生じていた。欧州統合の大原則は、すべての加盟国が足並みを揃えて前進することである。加盟国はEUで決まったすべての政策に参加するよう義務付けられている。しかし、イギリスは基本条約の改正のたびに、同意する見返りとして、自国が望まない政策への不参加を認められている。例えば、イギリスは本来加盟国の義務である単一通貨ユーロに参加していない。また、国境管理、難民庇護政策や警察・刑事司法協力などの「自由・安全・司法領域」の政策分野にも不参加である。一方、イギリスはEUの単一市場には加入しており、他の加盟国との密接な経済的関係を築いている。このように、イギリスはEU加盟から多大な経済的利益を得る一方、様々なオプトアウト(政策への不参加)といった特別扱いを受けている。そんなイギリスがなぜEUから離脱することになったのだろうか。</p>

もっと見る
この続きを見るには...
残り2514/4197文字

4,000冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2017.02.21
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.

一緒に読まれている要約

私たちの国づくりへ
私たちの国づくりへ
西水恵美子
中東・エネルギー・地政学
中東・エネルギー・地政学
寺島実郎
気候変動クライシス
気候変動クライシス
ゲルノット・ワグナーマーティン・ワイツマン山形昭夫(訳)
国をつくるという仕事
国をつくるという仕事
西水美恵子
未来化する社会
未来化する社会
アレック・ロス依田光江(訳)
チャーチル・ファクター
チャーチル・ファクター
ボリス・ジョンソン小林恭子石塚雅彦(訳)
おにぎりの本多さん
おにぎりの本多さん
本多利範
#アソビ主義
#アソビ主義
中川悠介

同じカテゴリーの要約

経営者のための正しい多角化論
経営者のための正しい多角化論
松岡真宏
サピエンス全史(上)
サピエンス全史(上)
ユヴァル・ノア・ハラリ柴田裕之(訳)
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
ブレイディみかこ
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)
LIFE SHIFT(ライフ・シフト)
リンダ・グラットンアンドリュー・スコット池村千秋(訳)
無料
グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか
グーグル社員はなぜ日曜日に山で過ごすのか
河原千賀
FACTFULNESS
FACTFULNESS
ハンス・ロスリングオーラ・ロスリングアンナ・ロスリング・ロンランド上杉周作(訳)関美和(訳)
無料
デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか
デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか
針貝有佳
サピエンス全史(下)
サピエンス全史(下)
ユヴァル・ノア・ハラリ柴田裕之(訳)
となりの陰謀論
となりの陰謀論
烏谷昌幸
2050年の世界
2050年の世界
ヘイミシュ・マクレイ遠藤真美(訳)