本書の要点

  • 「無知」は歓迎すべきものではないが、かならずしも悲嘆すべきものでもない。世界はあまりにも複雑で、その全体像は個人の理解を超える。無知は人間にとって自然な状態だ。

  • それにもかかわらず私たちは、多くのことを知っている、理解しているという「知識の錯覚」に陥っている。

  • 知性は個人に属していると思われているが、じつのところ人は「知識のコミュニティ」のなかに生きている。知識のコミュニティとはなにか、そこで私たちはどのように振る舞うべきかが、本書では考察される。

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知識の錯覚

無知の正体

Ingram Publishing/iStock/Thinkstock

私たちは自分たちが思っているほど、物事を理解していない。

このことを示す簡単な実験がある。トイレやファスナーなど日々当たり前のように使っているモノについて、まず被験者に「その仕組みをどれだけ理解しているか」を答えさせる。この時点での回答は「理解している」というものが多い。だが具体的にどのような仕組みで動くのか説明を求めると、たいていの人はほとんど何も語れない。知っていると思っているのに、実はそれほど知らないのだ。

とはいえ無知そのものが欠点というわけではない。あまりにも複雑な世界を生きていくため、私たちはこうした戦略・作法を身につけざるをえなかった。しかし問題は、私たちは世界を理解したつもりで生きており、それがときとしてさまざまな錯誤や災厄をもたらすということだ。

私たちは基本的に「わかっていないことがわかっていない」。これが無知の正体である。このことは株式市場や軍事戦略といった人間世界の出来事から、気象や地震といった自然界の出来事についてまで、同じようにいえる。

思考の目的は行動である

認知科学は「人間の知性の働きはどうなっているのか」、「その目的は何なのか」を解明しようとする学問だ。

人間の知性は、新たな状況下での意思決定にもっとも役立つ情報の抽出を、最優先に進化してきた。人間の脳はしばしばコンピュータのように例えられるが、実際は大量の情報を保持する記憶装置とも、その大量の情報を演算処理するように設計されたコンピュータとも根本的に異なっている。

そもそも私たちはなぜ思考するのか。その目的は「行動」にある。この目的を達成するために必要なことを、より的確にできるようになるため脳は進化してきた。そして私たちにとっての最適な行動とは、複雑な世界の変化する状況に、もっともうまく適合することなのだ。

必要な情報のみを残す脳の働き

世界の仕組みについての個人の知識は、驚くほど限られている。なぜなら必要な情報だけ抽出して、それ以外をすべて除去するからだ。新たな状況で行動するためには、具体的な詳細情報ではなく、世界がどのような仕組みで働くのか、そのおおもとにある規則性だけを理解しておけば事足りるのである。

これは脳の持つ記憶媒体としてのキャパシティからも裏づけることができる。私たちが通常使っているノートパソコンには、250から500ギガバイトのメモリがついている。一方で人間の脳の情報量は、0.5から1ギガバイト程度だという。このことからも「選択した情報以外は消去する」ということが、私たちの脳にとって重要な機能だということがわかる。

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【必読ポイント!】 知識のコミュニティ

知識は脳のなかにあるだけではない

brckylmn/iStock/Thinkstock

適切な「行動」を選択するために、人間は知的能力を育んできた。だが個々人の頭のなかにある限られた知識だけでは、人間がこれまで成し遂げてきた数々の成果を説明することはできない。

私たちは知識に囲まれて生きている――ここに人間の偉業を説明するカギがある。知識は脳のなかにあるだけではない。私たちがつくるモノ、身体や労働環境、そして他の人々のなかにある。私たちはいわば「知識のコミュニティ(knowledge community)」に生きているのだ。

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要約公開日 2018.08.25
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