教養としてのワインの世界史

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教養としてのワインの世界史
出版社
出版日
2018年11月10日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

本書は、歴史社会学者の著者が、とかく抽象的になりがちなグローバリゼーションの議論を、「ワイン」という切り口で展開した意欲作である。

今日、メディアにてグローバリゼーションという言葉は当たり前に目にするが、その意味を正しくとらえている人は少ないようだ。このようなグローバリゼーションという言葉の乱用が、その価値を激しく目減りさせていると著者は指摘する。グローバリゼーションの波にさらされてきたワイン。そんなワインという身近なモノに注目することで、グローバリゼーションについてリアルに考えられるよう、随所に工夫を凝らしている。

本書は大きく3部からなる。第1部「ワインのグローバル・ヒストリー」では、ワインにおける「新世界」と「旧世界」という概念から、ヨーロッパ中心主義的な世界史観を捉えなおす。第2部「ワインとグローバリゼーション」では、農業だったワインが工業化され、どのような展開をたどったのかが、「フォーディズム」と「ポスト・フォーディズム」をキーワードとして書かれている。つづいて第3部「ポスト・ワイン」では、現在のグローバリゼーションにおいて大切な、生産者と消費者を結ぶ「価値の共有の厚み」という概念をひも解いていく。

グローバリゼーションへの理解が深まり、世界の見方が変わる一冊である。ワインから見る世界史の奥深さを堪能していただきたい。

著者

山下 範久(やました のりひさ)
立命館大学グローバル教養学部設置委員会副事務局長、国際関係学部教授。1971年大阪府生まれ。東京大学教養学部卒業。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校大学院留学後、東京大学大学院総合文化研究科単位取得退学。北海道大学大学院文学研究科・文学部助教授を経て、2007年立命館大学国際関係学部准教授。2010年より教授に。専門は歴史社会学。著書に『世界システム論で読む日本』(講談社選書メチエ)、『現代帝国論』(NHKブックス)など。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、米国ワインエデュケーター協会認定スペシャリスト・オブ・ワインの資格をもつ。

本書の要点

  • 要点
    1
    19世紀以降の再帰性の高まりは、ワインにおける「旧世界」から「新世界」へのグローバリゼーションを加速させた。
  • 要点
    2
    フォーディズムからポスト・フォーディズムへの転換は、ワインの産地の拡大と品種の収斂をもたらした。
  • 要点
    3
    パーカーの画一性とテロワールの多様性という対比でワインのグローバリゼーションを語るのは短絡的だ。
  • 要点
    4
    グローバリゼーションの恩恵に浴せるかどうかは、生産者と消費者における価値の共有の厚みがカギとなる。

要約

ワインのグローバル・ヒストリー

ワインにおける「旧世界」と「新世界」

「新世界」とは、歴史学的には、大航海時代以前に未知だった大陸を指す。それを象徴するのがTO図という古代の世界地図である。この地図では上方が東であり、上半分がアジア、左下がヨーロッパ、右下がアフリカを示す。Tの縦棒は地中海で、中央にエルサレムを配置するのが「旧世界」だ。「新世界」はその外部、つまり南北のアメリカ大陸とオーストラリアなどを指す。

しかし、歴史学的な新世界とワインにおける新世界は、必ずしも重ならない。たとえばアフリカワインは、ワインの世界では「新世界」ワインに分類される。これは、ヨーロッパ人の世界認識の広がりと、ヨーロッパ人によるワインづくりの普及の広がりのギャップによる。

ワインにおける旧世界は一般に、大航海時代までに構築された「ヨーロッパ」のワイン産地を指す。一方、新世界は、大航海時代以降にヨーロッパ人が定住した地域におけるワイン産地を意味する。

さらに近年、新世界にも旧世界にも分類しがたい「新しい新世界」のワインが登場した。ヨーロッパ人によるワイン生産の持ち込みがなかった中国やインドなどだ。

ワインの世界における近代
f9photos/gettyimages

中世では、地中海世界とアルプス以北との間で、「1つのヨーロッパ」としての認識が希薄だった。もともと地中海世界は、ヒトやモノ、情報が行き交う交通空間だった。特に12世紀以降、ヴェネツィア、ジェノヴァなどのイタリアの都市国家が、遠隔地商業に乗り出した。交通と商業の拡大は、長い航海に耐えられるだけの高アルコール度数のワインを生んだ。ブドウ栽培に適した自然環境を活かした糖度の高い果汁から、アルコール度数の高い、「強いワイン」をつくったのである。

16世紀以降、大航海時代を迎えると、この傾向はさらに強まっていく。スペインのシェリー、ポルトガルのポートなどの「酒精強化ワイン」が誕生した。

一方、アルプス以北のヨーロッパでは、厳しい自然環境のもと、修道士たちがワインづくりを主導した。彼らは栽培・醸造、畑ごとのブドウの特徴などを徹底的に記録し分析した。さらには、品種選抜、剪定、挿し木といった技術革新を行い、高級ワインを生産するための特別区画(クリュ)を選定した。その象徴が、畑ごとのワインの味わいの差異が世界で最も細分化されたワイン産地、ブルゴーニュである。

このようにして、ワインにおけるヨーロッパの構築は、強さを志向する地中海的要素と、差異を志向するアルプス以北的要素とがからみ合うかたちで形成されていった。

再帰性の高まり

ワインの世界では、19世紀後半から急速に「再帰性」が強化された。再帰性とは社会学の言葉である。自らの行為をモニタリングし、不足点を認識して、目的と意志をもってその状態を変えることをいう。再帰性の高まりによって、ワイン生産の質と量を制御する人間の力が急速に強まった。

アルコール発酵が微生物の働きによることを明らかにしたのは、生化学者・細菌学者のルイ・パスツールである。この発見以降、ワインづくりの技術は、加速度的に科学との連携を強めていく。

また、蒸気船という新たな移動のインフラが登場した。これにより19世紀後半、ブドウの根に付着して木を枯らす害虫・フィロキセラが、アメリカからヨーロッパに生きたまま運ばれた。フィロキセラの大流行が、ヨーロッパ中のぶどう園を壊滅的な状態に追い込んだ。

これらの結果として、醸造家の国際移動が促され、ワインの産地間の国際競争が加速していった。

ワインとグローバリゼーション

フォーディズムからポスト・フォーディズムへの転換
Silberkorn/gettyimages

フォーディズムとは、自動車会社のフォード社で確立した生産システムに由来する言葉だ。巨大な資本を保有し、大量生産と大量消費との組み合わせで回転する経済体制のことである。

ワインにおけるフォーディズムは、生産量の安定につながった。より多く、より安くつくれば売れるという前提のもと、人件費や土地の安い、より外縁的な産地(「新世界」)へとワイン生産の移転が進んだ。

だが、ワインが普及すると、多く生産しても今までのように売れなくなった。さらには、各地で高品質なワインが生産できるようになった結果、伝統産地ほど高付加価値品に特化しなければ生き残れなくなった。

これにより、ポスト・フォーディズムへの移行が始まった。できるだけ固定資本を持たず、多品種少量生産で無在庫経営をめざすというものだ。この転換を背景に、産地の拡大と品種の収斂というトレンドが生じた。

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要約公開日 2019.03.16
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