はじめての言語ゲーム

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日本語
はじめての言語ゲーム
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はじめての言語ゲーム
出版社
定価
990円(税込)
出版日
2009年07月20日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

あなたは「机」という言葉を聞いて、どんなものを思い浮かべるだろう。脚があって、天板があって、だいたいこれくらいの大きさで……と、頭の中に何らかの「机」がイメージされるはずだ。しかし、世界には無数の「机」と呼ばれるものが存在する。脚が長いもの、短いもの、3本のもの、4本のもの、天板が四角いもの、丸いもの、楕円のもの……。そのすべてを見たことがある人などいないにもかかわらず、私たちは「机」という言葉によって、ある物体のイメージを共有することができる。なぜ私が「机」と言ったとき、あなたは「机」を理解できるのか? この問題を説明するのが、ヴィトゲンシュタインの「言語ゲーム」である。

本書はこうした、一度考え始めると抜け出せなくなってしまいそうな哲学的な問題を、平易な言葉で説明してくれる。はじめは何がなんだかわからなかった論理でも、読み進めるうちにすっと理解できてしまうのが不思議だ。本書の魅力は、そのわかりやすさだけではない。ヴィトゲンシュタインという人が、どのような人生を送り、何に苦悩し、なぜこのような思想にいたったのかまでを、時代背景や関連する学問とともに紐解いている。

インターネットで検索すれば大概の情報は手に入ってしまう現代だからこそ、「調べてもわからないこと」に思いを巡らせてみるのも大切な時間だ。日々を忙しく過ごすビジネスパーソンにも刺激的な読書となるだろう。

ライター画像
千葉佳奈美

著者

橋爪大三郎(はしづめ だいさぶろう)
1948年、神奈川県に生まれる。1977年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京工業大学教授。社会学者。著書に、『はじめての構造主義』『正しい本の読み方』(いずれも講談社現代新書)、『「心」はあるのか』(ちくま新書)、『言語ゲームと社会理論』『仏教の言説戦略』(いずれも勁草書房)、『言語派社会学の原理』(洋泉社)、『社会の不思議』(朝日出版社)、『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、共著に『ふしぎなキリスト教』『げんきな日本論』(いずれも講談社現代新書)など。

本書の要点

  • 要点
    1
    前期のヴィトゲンシュタインは、「言語と世界(出来事)とは一対一に対応する」という写像理論によって言葉が意味を持つことを説明する。一方、後期のヴィトゲンシュタインは、言語と世界(出来事)が対応している根拠を「言語ゲーム」で説明した。
  • 要点
    2
    「言語ゲーム」は、「規則に従った人々のふるまい」である。「机」という言葉を知らない人でも、いくつかの机を見れば「机」がどのようなものか理解する。同じように、人は世界に存在する無数のルールを、人々のふるまいを見ているうちに理解する。世界は「言語ゲーム」でできている。

要約

ヴィトゲンシュタインの哲学

『論理哲学論考』

ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』(以下、『論考』)の重要な主張は、言語と世界とが一対一に対応する(one-to-one correspondence)ということだ。名はモノと対応し、命題は出来事と対応する。例えば、「このバラは赤い」は要素命題である。バラはモノの名前であり、「このバラは赤い」はこの世界の中で成立する出来事を表している。目の前にあるバラが赤い色をしている場合、この命題は真である。「バラ」という名前に対応するモノが存在し、「このバラは赤い」に対応する出来事がある。だから言葉は意味を持つ、というのが『論考』の考え方だ。

こうした対応が可能となるのは、命題の内部、つまり言語の側の構造と、出来事の内部、すなわち世界の側の構造が共通していると考えられるからだ。この共通する構造を論理形式(logical form)と呼ぶ。これはヴィトゲンシュタインの論理の独特な考え方だ。論理はわれわれの頭の中にあると考えるのがふつうだが、ヴィトゲンシュタインは、論理は世界にも言語にも共通して備わっていると考えたのである。

世界は人間の頭の中に入ってしまう
Nadya So/gettyimages

『論考』は、言語と世界の双方に、「それ以上小さく分解できない要素」があるとしている。「このバラは赤い」という要素命題には「バラ」という要素がある。現実のバラを物理的に分解することは可能だが、人間は分解しないままのまとまりを「バラ」と認識しているのだから、バラは「それ以上小さく分解できない要素」とみなしてよい。言語も世界も、分解していくと要素に行きつくという意味で、「分析可能」である。

「一対一対応」と「要素」は、いずれも集合論の用語だ。集合論に、無限集合という概念がある。無限集合の大きさを比べるとき、両方の集合から要素を一つずつペアにして、一対一対応させることができれば、「濃度」(無限集合は数えられないので個数とはいわない)が同じであると考える。

出来事も命題も無数にあると考えれば、無限集合のようなものだ。無限集合である世界(可能な出来事の全体)と言語(可能な命題の全体、すなわち考えうることの全体)に、一対一対応をつけられるということは、言語は思考そのものということになる。

ヴィトゲンシュタイン自身は「無限」という言葉は使っていないが、こう考えると彼が自分の哲学を「唯我論(solipsism)」と呼んだ理由が思い当たる。言語は自分の思考に他ならない。世界はすっぽりそのまま、頭の中に入ってしまうのである。

自らを打ち消す書物

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