本書の要点

  • この25年で「一億総中流」と言われた日本社会の中間層の所得が落ち込み、正社員であっても貧しさの危機に直面している。

  • 正社員の終身雇用、年功賃金、能力開発・育成、福利厚生を企業が約束し、入社から定年退職まで一定の生活を保障する「企業依存型」の雇用システムは、限界を迎えている。

  • 日本が負のスパイラルから脱却し、中間層の所得を上げるためには、人材育成への投資が鍵である。①デジタルイノベーション、②リスキリング、③同一労働同一賃金という施策が考えられる。

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幻想だった中流の生活

想像と違った現実の“中流”

かつての日本は「一億総中流社会」と呼ばれていたが、全世帯の所得の中央値は1994年から2019年の25年間で130万円減少し、374万円となっている。NHKが2022年に「労働政策研究・研修機構」とともに行った調査では、56%にのぼる人がイメージする“中流の暮らし”より下の生活をしていると答えている。日本の中間層は貧しくなり、負のスパイラルに陥っているのが現状だ。

本書は、そうした「中流危機」の現実に迫るところから始まる。最初に登場するのは、夫が正社員として30年以上働き続け、3人の子どもに恵まれて都内郊外に購入したマンションに住む夫婦だ。まさに中間層の象徴たる「正社員」だが、給与は徐々に下がり、現在の年収は約500万円、貯蓄は100万円ほど。ローン返済のため成果給を得られる営業職に就いたが、胃がんを患って事務職への異動を余儀なくされ、成果給がない分、給与は激減した。教育ローンの一部は子どもにも負担してもらい、医療費まで切り詰める。定年後も働き続けるしかない。

残業代もなくなり給与の激減でマイホームを手放した人、正社員から業務委託契約への切り替えを迫られて安定収入がなくなる不安を抱える人、夫婦共働きでも借金をしないと子どもを進学させられない人。これまで“安泰”だったはずの「正社員」、思い描いていた“中流”の暮らしが脅かされている。

企業依存と負のスパイラル

gyro/gettyimages

高度経済成長期からバブル崩壊前までの日本は、正社員の終身雇用、年功賃金、能力開発・育成、福利厚生を企業が約束し、従業員の一生を保障する「企業依存型」の雇用システムが好循環を生んでいた。これが企業にさらなる成長をもたらし、会社と社員の相互依存関係が築かれた。

しかし、その後の景気低迷に、経済のグローバル化と中国などの新興国の台頭が相まって、負のスパイラルが回りだす。徹底した合理化と人件費削減に着手するも、産業の空洞化、生産性の劣後化、勝ち目のない価格競争という消耗戦に疲弊していく。デフレ不況下では給料のベースアップができなくなり、中間層の賃金減少から消費減を招いて、価格が引き下げられることで利益減・投資減が発生、その結果賃金がさらに減少していった。

ここから脱却できない大きな原因のひとつが高コスト体質の「企業依存型」雇用システムなのだ。このことは、日経連(日本経営者団体連盟)の報告書の中で1995年にすでに指摘されていた。その中で、解雇権の濫用が規制されている日本における雇用形態の「改革」として、「非正規社員」の活用も提言されていた。これが、「安価で代替可能な労働力という新たな歪み」を生むことになる。

劇的に拡大した非正規雇用

recep-bg/gettyimages

先述の報告書では派遣労働についても、可能な業務だけを指定してそれ以外は禁止とする「ポジティブリスト方式」から、原則自由で特定の業務だけを禁止する「ネガティブリスト方式」への転換と規制緩和を政府に要求している。ただしこれは、急激に進んだ苦しい円高の時代をやり過ごすための緊急避難策のはずだった。しかし、今や全労働者の約4割をパートタイマーや派遣労働者などの非正規雇用者が占めており、これもまた中間層の賃金が低いままである要因になっている。

1990年代以降、就職氷河期という厳しい雇用情勢と経済の停滞に対応するため、政府は規制緩和・市場主義路線に転換し、労働分野でも職業紹介や派遣労働の自由化を求める声があがるようになった。違法派遣の実態もあったため、労働者保護を重視する労働省(当時)は苦慮の末、労働政策の規制緩和に踏み切る。これが「硬直した企業依存」を変えるきっかけにもなると考え、職業安定法や労働者派遣法などの法律の見直しが進められた。

しかし、専門的な知識などを必要とする業務に限定し、賃金相場を高めることを目的としたポジティブリストから、ネガティブリストに転換することで、雇用の劣化と低賃金化を招いたとの指摘もある。実際、リーマンショックによる「派遣切り」が起き、派遣労働者は雇用の調整弁とされていた実態が明らかになった。

世界的な流れでもあった派遣労働の自由化には抗うことができなかった。多くの労組は正社員の雇用を守るためにベア要求を捨て、正社員の賃金が上がらなくなる。「非正規の雇用・育成」は労働運動から抜け落ち、非正規労働者の賃金も低いままとなった。

企業依存と雇用の流動化の末、かつてのように稼げなくなった中間層に、キャリアは誰のものなのか、という厳しい問いが突きつけられている。

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デジタルイノベーションを生み出せ

再び稼ぐ力を

負のスパイラルから脱却し、国際的な競争力を得ながら、中間層の所得を上げていくためには、「失われた30年」のあいだになおざりとなってしまった国家レベルでの人材育成への投資が鍵となる。現在多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいるが、これを担える人材が圧倒的に不足している。DXに強い即戦力を国、企業、労働界の総力を挙げて育成することは、「短期主義」「コスト主義」の落とし穴から抜け出すきっかけにできるかもしれない。

ここまでの議論から導き出された“中流復活”に関わるキーワードが、「デジタルイノベーション」「リスキリング」「同一労働同一賃金」の3つである。以下、順番に見ていこう。

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要約公開日 2024.06.26
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