「カッコいい」とは何か

未読
日本語
「カッコいい」とは何か
「カッコいい」とは何か
未読
日本語
「カッコいい」とは何か
出版社
講談社
定価
1,045円(税込)
出版日
2019年07月16日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

私たちは「カッコいい」という言葉を日常的に使っている。だがあまりにも日常的に使っているせいで、その言葉がどのように生まれ、どう用いられているのか、私たちにどう影響を及ぼしているのかは、ほとんど考察されてこなかった。これは「美」という概念が学術的に考察されてきたのと対照的である。「カッコいい」という概念は、その使用頻度の多さにもかかわらず、ほとんど軽んじられてきたといってもいいだろう。

とはいえ多用されている言葉だからこそ、その歴史的背景や社会的影響力を考察することには大きな意味がある。本書の狙いもまさしくそこだ。著者は小説家の平野啓一郎氏。平野氏曰く、このテーマは小説を除くと、ここ10年間でもっとも書きたかったことだったという。

なぜいま改めて「カッコいい」の考察を? と訝しむ方もいるかもしれないが、けっして侮るなかれ。本書を読み進めていくうちに、これは現代人の価値観そのものに関わる大きなテーマだと気づくはずである。「カッコいい」について考えることは、つまるところ自らの「生き方」を考えることなのだから。

私たちの「カッコいい」像はこれからも更新されていく。そのとき私たちはどのように現在の「カッコいい」と向き合い、未来の「カッコいい」を紡いでいくのか。自らの人生観を整理し再考するうえで、大きなヒントを授けてくれる一冊である。

著者

平野 啓一郎 (ひらの けいいちろう)
1975年愛知県生まれ。北九州市で育つ。京都大学法学部卒。大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。以後、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。著書は『一月物語』、『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『ドーン』(ドゥマゴ文学賞)、『空白を満たしなさい』、『モノローグ(エッセイ集)』、『ディアローグ(対談集)』、新書『本の読み方―スローリーディングの実践』、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』など。

本書の要点

  • 要点
    1
    何を「カッコいい」と見なすかの基準は、「しびれる」という自らの“体感”にもとづいている。ゆえに何をもって「カッコいい」とするかは人それぞれである。
  • 要点
    2
    「カッコいい」は外見だけでなく内面にも関わる価値観であり、だからこそ「カッコ悪い」と思われることを私たちは恐れる。
  • 要点
    3
    「カッコいい」という価値観は一見すると個人主義的かつ民主主義的だが、国家権力や宗教に悪用される危険性もはらんでいる。
  • 要点
    4
    「カッコいい」について考えることは、そのまま自らの「生き方」を考えるということだ。

要約

【必読ポイント!】 「カッコいい」は“体感主義”である

語源は「恰好」にあり
takraw/gettyimages

「カッコいい」という言葉は、戦前の楽隊や軍隊で使われ始めた。そして1960年代のロック・ブームをきっかけに、人口に膾炙(かいしゃ)した。とはいえ「カッコいい」という日本語が、この時期に突然生まれたわけではない。その語源は「恰好(格好)」と考えるのが妥当である。

日本語学者の小野正弘によると、「恰好」という言葉が日本で使われるようになったのは中世後期だった。ただしそのときの意味は、「あるものとあるものとがうまく調和する・対応する」というものだった。これは今日でも「この議論をする上では、恰好の事例だ」といった用法に見ることができるが、この言葉は近世初期に至るまで、ほとんど一般的に使われていなかった。

近世中期になると「恰好」はさまざまな文献で見られるようになり、原義に加えて「全体的な見栄え・様子」(=外観)を意味する言葉として用いられるようになる。「恰好が良い」、「恰好が悪い」という言葉が随所で使われるようになり、「格好」という表記もこの時期に出てきた。この漢字の変化については、「恰」のもつ「さながら、まるで」というニュアンスの薄れとも関係しているのだろう。「不格好」「背格好」「年格好」といった複合語も生まれ、今日に至っている。

「恰好が良い」と「カッコいい」の違い

私たちが「恰好(格好)が良い」というとき、それは単に見栄えを指すとはかぎらない。そこには「あるべき理想像に合致しているかどうか」という価値基準がある。するとひとつの疑問が浮かぶ。絶対的に「恰好が良い」というのはありえるのか。もしありえるとすると、それを判断するのは誰になるのか。

結論から述べると、江戸時代や明治時代において「恰好が良い」という表現が用いられたとき、そこにはジャンルごとの理想像があり、そのジャンルの知識や経験が豊富な人の判断ほど重要視された。そしてその判断基準を理解するためには、「達人」との直接的な対人関係を通じて経験を積まなければならないとされた。その基準はあくまでも厳格だった。

ところが「カッコいい」という言葉の場合、マスメディアの隆盛によって、より開かれた場で用いられてきたという経緯がある。さらには第二次世界大戦後という事情も重なった。総動員体制から解放された日本人たちは、画一的な上からの押しつけではなく、別の基準を求めるようになった。ゆえに「カッコいい」の基準は「恰好が良い」よりも緩やかだ。スポーツカーとカラーテレビ、ネイマールとEXILE、エルメスの「バーキン」と困っている人をさりげなく助けること(!)は、すべて「カッコいい」に分類されうる。そしてそのなかで何が一番かを比較することも可能になる。

そういう意味で「カッコいい」は、「恰好が良い」から直接に派生した言葉とは言えない。なによりも「カッコいい」にあって、「恰好が良い」にはない意味合いがある。それは生理的興奮としての「しびれ」である。

「しびれる」という“体感”
ne2pi/gettyimages

「しびれる」という体感は、「カッコいい」にあって「恰好が良い」にないものである。それは非日常的な興奮だ。私たちは「カッコいい」ものに憧れ、夢中になる。体が自然と反応したものに対して、反論することは難しいからだ。

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