病魔という悪の物語

チフスのメアリー
未読
日本語
病魔という悪の物語
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チフスのメアリー
著者
未読
日本語
病魔という悪の物語
著者
出版社
定価
836円(税込)
出版日
2006年03月10日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

すでにフライヤーで紹介した『ペスト』と同様に、本書もコロナ禍を予言した本として注目され、緊急復刊となった。登場人物は、「チフスのメアリー」と呼ばれた賄い婦(料理人)である。1907年にアメリカで最初に発見された腸チフスの健康保菌者として有名になった人物だ。

健康保菌者や無症状病原体保有者という言葉は、新型コロナウイルスが広がる過程で、日本でも知られるようになった。それは、感染していても明瞭な症状が現れない人を意味する。

当時メアリーは、センセーショナルな新聞記事、とりわけそのイラストによって、忌まわしい伝染病の象徴になってしまった。以降、メアリー個人の人生は、その色眼鏡を通して見られることになる。そして、本人の死後も、「チフスのメアリー」という名前は、病気や害毒を垂れ流す脅威そのものを指す言葉として生き残っていった。

本書で、著者の提起する問題は大きく2つある。1つは「個人と全体の利害の対立」である。社会に住む不特定多数の人たちの命を救うためなら、一人の人間の自由がある程度制限されても仕方のないことなのか。もう1つは「歴史のなかの善と悪」である。私たちは、過去に生きたいろいろな人たちの人生を簡単に色づけして「あれは善い、あれは悪い」と安易に決めつけていないだろうか。

著者はこうした重要な問いを読者に投げかけてくる。メアリーの人生を辿るなかで、私たちが今こそ胸に留めておくべき学びを得られるにちがいない。

ライター画像
しいたに

著者

金森修(かなもり おさむ)
1954年札幌市生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。パリ第一大学哲学博士。専門は科学思想史・科学史。筑波大学、東京水産大学(現、東京海洋大学)を経て、東京大学大学院教育学研究科教授。主な著書は『フランス科学認識論の系譜』『負の生命論』『自然主義の臨界』『遺伝子改造』(以上、勁草書房)、『バシュラール』(講談社)、『サイエンス・ウォーズ』(東京大学出版会)、『科学的思考の考古学』(人文書院)、『科学の危機』(集英社新書)、『科学思想史の哲学』(岩波書店)、『人形論』(平凡社)。2016年逝去。

本書の要点

  • 要点
    1
    メアリー・マローンは、腸チフスの保菌者として生涯に2度も隔離をされる。健康保菌者(キャリア)は彼女だけではなかったものの、彼女だけが終生拘束され続けた。
  • 要点
    2
    その背景には、アイルランド系移民、カトリック、貧しい賄い婦、女性、独身といった、メアリーのさまざまな属性、社会的条件があったと考えられている。
  • 要点
    3
    「チフスのメアリー」は忌まわしい災厄の象徴となっていくが、メアリーという一人の女性の人生や、その悲しさに思いを馳せる必要がある。

要約

コミュニティの敵

賄い婦メアリー・マローン
Anton Ostapenko/gettyimages

1906年の夏、ニューヨークに隣接するロングアイランド市にある別荘に来ていた銀行家の一家から6人の腸チフス患者が出た。別荘のオーナーは、衛生官にその原因究明を依頼した。

調査を通して浮かび上がってきたのが、一人の賄い婦である。彼女は、チフスが出現する数週間前に雇われ、病気騒ぎが始まって3週間ほど後に、仕事を辞めて立ち去っていた。

とても料理がうまいうえに、子どもの面倒見もよく、銀行家一家は彼女のことを気に入っていたという。衛生官が彼女の職歴を調べたところ、1897年から雇われていた8つの家族のうち、7つの家族からチフス患者が出ていたことが明らかになる。

集計すると、1900年から1907年にかけて、彼女が関わった家庭から22人のチフス患者が出ており、そのうち1人が死亡していたのだ。

この賄い婦こそが、メアリー・マローンである。

強制入院

1907年3月、衛生官はメアリーのもとを訪ねた。腸チフス菌が宿っている可能性があるとして、大小便と血液のサンプルを提供するよう求めるためだ。ところが、メアリーは激怒し、衛生官を追い返してしまう。

メアリーにとっては当然だろう。健康そのもので、なんの自覚症状もない。そんな自分が腸チフスに感染しているなど、とうてい受け入れられなかった。

しかし後日、ニューヨーク市の衛生局は、警察官の力を借りてメアリーを強制的に収容した。検査の結果、かなり高い濃度の腸チフス菌が検出された。この検査結果を受けて、メアリーは当局により、ノース・ブラザー島にある病院に強制入院させられてしまう。

市民の健康への重大な脅威

ノース・ブラザー島は、ニューヨークを挟むように縦断するイースト・リヴァーに浮かぶ島である。天然痘や結核など、隔離を必要とする患者たちが収容されていた。そこでの生活は、朝起きて、食事を摂り、またベッドに入る時間になるのをただ待つだけのものだったという。

当時、いくつかの新聞がメアリーについて触れていた。彼女のイメージは、腸チフス菌を体にかかえたまま料理を賄う女というものだ。そのため、彼女は「コミュニティにとっての敵」であり、「一般市民の健康への重大な脅威」とされた。一部では、「歩く腸チフス工場」「人間・培養試験管」などという、残酷な表現もあったほどだ。ただし、この時点では、メアリー個人の名はまだ明かされていなかった。

腸チフスの健康保菌者

経口感染をする腸チフス
Ridofranz/gettyimages

腸チフスは、汚染された水や食物から「経口感染」する。菌が体に入って数日から2週間ほどの潜伏期間のうちに、菌が血液に侵入する。すると徐々に体温が上昇し、40度前後にまでなる。そしてその高熱が4週間も持続するのだ。1カ月程度も発熱していると、腸に内出血が起きたり、穴があき腹膜炎を起こしたりする場合がある。致死率もかなり高く、それゆえ腸チフスは人々に恐れられていた。

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