ネガティブ・ケイパビリティ

答えのでない事態に耐える力
未読
ネガティブ・ケイパビリティ
ネガティブ・ケイパビリティ
答えのでない事態に耐える力
未読
ネガティブ・ケイパビリティ
出版社
朝日新聞出版

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出版日
2017年04月25日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

おそらく「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を初めて聞く方が多いだろう。簡単にいうと、「分からないものを分からないまま、宙ぶらりんにして、耐え抜く能力」ということである。果たしてその能力が、どんな場面で役に立つのだろうか。

著者は、日本とフランスの病院での勤務経験がある精神科医で、数多くの文学賞に輝く作家でもある。著者がネガティブ・ケイパビリティという言葉に出会ったのは、ある医学論文の中だったそうだ。以来、著者がとても大切にしてきた概念である。

本書ではまず、ネガティブ・ケイパビリティという言葉を初めて使ったとされている詩人キーツや、その概念を精神分析学に用いたビオンの生涯とともに、この言葉についての歴史が語られる。さらには、ネガティブ・ケイパビリティが創作活動、医療現場、教育など、あらゆる場において、いかに重要であるかが丁寧に語られていく。医療や教育に携わる方や、創作活動に取り組んでいる方には必読の内容といえる。また、そうでなくても、この概念を知っているかどうかで、生き方や人との向き合い方が変わるといってもよい。

終末期医療の現場において有効であると同時に、シェイクスピアや紫式部も駆使していたとされるネガティブ・ケイパビリティ。その多種多様な状況への対応力を知るうちに、著者のようにその魅力に取り憑かれることになるだろう。そして、不確実性の高い現在を、心穏やかに生きるためのヒントを得られるのではないだろうか。

ライター画像
河合美緒

著者

帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)
1947年、福岡県生まれ。作家、精神科医。東京大学文学部、九州大学医学部卒業。九大神経精神医学教室で中尾弘之教授に指示。1979〜80年フランス政府給費留学生としてマルセイユ・聖マルグリット病院神経精神科(Pierre Mouren教授)、1980〜81年パリ病院外国人レジデントとしてサンタンヌ病院精神科(Pierre Deniker教授)で研修。その後、北九州市八幡厚生病院副院長を経て、現在、福岡県中間市で通谷メンタルクリニックを開業。多くの文学賞に輝く小説家として知られる。主な著書に、『白い夏の墓標』『三たびの海峡』(吉川英治文学新人賞)『閉鎖病棟』(山本周五郎賞)『逃亡』(柴田錬三郎賞)『ギャンブル依存とたたかう』『千日紅の恋人』『水神』(新田次郎文学賞)『ソルハ』(小学館児童出版文化賞)『やめられない ギャンブル地獄からの生還』『蠅の帝国』『蛍の航跡』(この2作品で日本医療小説大賞)『悲素』『受難』『生きる力 森田正馬の15の提言』『老活の愉しみ』など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    ネガティブ・ケイパビリティとは、「事実や理由を性急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」を意味する。
  • 要点
    2
    人間の脳には「分かろう」とする性質があるため、ネガティブ・ケイパビリティをもつことは難しい。しかし、安易に「分かろう」とする姿勢をやめ、ネガティブ・ケイパビリティを通して、発展的な深い理解をめざすことが重要となる。
  • 要点
    3
    終末期医療の現場や精神科医の診療だけでなく、創作活動や教育現場でも、ネガティブ・ケイパビリティが求められる。

要約

ネガティブ・ケイパビリティとは

詩人キーツと精神分析医ビオン
BrianAJackson/gettyimages

ネガティブ・ケイパビリティとは何か。それは、英国の詩人ジョン・キーツが兄弟に宛てて書いた手紙に出てくる言葉である。「事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」だという。普段、能力という言葉は、理解、解決、対処などに使われ、私たちはそれらを身につけようと努力している。

また、人間の脳には、物事を「理解」しようとする傾向もある。そして、性急な証明や理由を求めがちだ。しかし、そうではなく、分からないことを分からないまま、宙ぶらりんの状態で受け入れ、耐え抜く。この能力こそがネガティブ・ケイパビリティなのだ。

キーツは、シェイクスピアがネガティブ・ケイパビリティを有していたと書き記している。これは、私的な手紙の中に、しかも文学の分野で使われた言葉だった。それを、精神分析の分野に持ち込んだのが、英国の精神分析医であるウィルフレッド・R・ビオンである。ビオンの主張はこうだ。精神分析医には、「患者との間で起こる現象、言葉に対して、不可思議さ、神秘、疑念をそのまま持ち続け、性急な事実や理由を求めないという態度」が必要となる。精神分析学には多くの知見があるため、精神分析医は理論を患者に当てはめて、患者を理解しようとしがちである。ビオンはそうした態度に警鐘を鳴らすために、ネガティブ・ケイパビリティという概念を提唱した。

ネガティブ・ケイパビリティと脳の性質

分かろうとする脳

ネガティブ・ケイパビリティを身につけるのは難しい。私たちの脳は生来、物事を「分かろう」とするからだ。人類はその歴史の中で、「分かる」ために様々な努力をしてきた。文字や数字、図形などの記号によって世界を記すことや、何かしら一貫した法則を見出そうとすることもその一環である。ハウツー本が流行るのも、「分かろう」とする姿勢の現れといえる。しかし、「分かろう」として、ごく浅い理解でとどまってしまうことも多い。

神経心理学者の山鳥重氏は、「分かる」には浅い理解と深い理解があるとしている。浅い理解で止まってしまいやすいのは、小さな理解を積み重ねて全体を理解しようとする、「重ね合わせ的理解」だ。

それに対して、深い理解とは「発見的理解」である。これは、自分で立てた仮説に沿って物事を観察し、仮説を検証することのくり返しによって到達できる理解だ。不可解な事柄を無視したり、拙速な答えを出したりせず、その宙ぶらりんな状態を観察し続けることが求められる。つまり、深い理解とはネガティブ・ケイパビリティによってもたらされるといえる。

「分かろう」とする脳が、分からないものを前にしたときに苦しむ例は、音楽と絵画だろう。クラシック音楽や抽象画に初めて接すると、多くの人は「分からない」という。しかし、分かることを拒否した上で、高い次元で感覚に訴えかけてくるのが、音楽や抽象画である。脳はそこで「分かりたい」という欲望から解放され、進化した喜びを感じているかもしれない。

【必読ポイント!】 ネガティブ・ケイパビリティと医療

ネガティブ・ケイパビリティと終末期医療
ThitareeSarmkasat/gettyimages

現代の医学教育は、なるべく早く患者の問題を見つけ、すみやかに解決を図ろうとする。いわば、ネガティブ・ケイパビリティの逆の「ポジティブ・ケイパビリティ」だ。

診療の記録も、SOAPという、ポジティブ・ケイパビリティに沿った方法で記される。SOAPとは、Subject、Object、Assessment、Planの頭文字を取ったものだ。それぞれ、「患者の主観的な言動や症状」、「主治医が診察や検査で得た客観的なデータ」、「SとOからの判断評価」、「解決のための計画、治療方針」を指す。この方法をとると、問題の早期発見や迅速な解決につながる。

しかし、現実には問題が見つからない場合、複雑すぎる場合、解決策がない場合なども存在する。たとえば、末期ガンの患者の場合は、解決策がないといってよい。こうなると、ポジティブ・ケイパビリティのみを身につけた主治医は、無力感を覚えるため、患者のそばに行くことすら苦痛となる。

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要約公開日 2020.06.12
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