ウォール街の物理学者

未読
ウォール街の物理学者
出版社
早川書房
出版日
2013年09月05日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

2008年、世界経済をどん底に突き落とした金融危機のなかで、悠々と利益をあげていたヘッジファンド「ルネサンス・テクノロジーズ」をご存知だろうか。そのヘッジファンドには金融業界の人間はおらず、数学者、物理学者、統計学者が活躍していたという。その主力ファンド「メダリオン」のパフォーマンスは1988年から10年間で、何と2478.6%にもなり堂々の世界1位。2位のジョージ・ソロス率いるクォンタム・ファンドですら、1710.1%であるのに。

彼らはどうやって一流投資家よりもうまく相場を予測できたのか。そして、物理学を投資に使うというアイデアはどのように生まれてきたのだろうか。

物理学者が各種指標や株価を見るときは、データの羅列として純粋に数字を分析するアプローチをとるのだという。だからこそ、ファイナンスの常識に捉われない斬新なモデルを次々に生み出していくのである。本書では、他にもバシュリエによるランダムウォーク理論の先駆け、オズボーンによる株価の対数正規分布、フィッシャー・ブラック等によるブラック・ショールズ・モデル、ソネットによる株価の暴落の予測モデルなど、物理学者が先導した馴染み深い諸理論の生い立ちが、生き生きと表現されている。そう、これはまさにウォール街の先端を読み解き、経済の未来を展望する科学ドキュメンタリーなのだ。

著者

ジェイムズ・オーウェン・ウェザーオール
物理学者、哲学者、数学者。カリフォルニア大学アーバイン校助教授。ハーバード大学卒業後、スティーブンス工科大学およびカリフォルニア大学で博士号取得。時空理論の数学的・概念的基礎を中心に幅広く研究を進める傍ら『USAトゥデイ』『ボストン・グローブ』『サイエンティフィック・アメリカン』などに一般向け科学記事を寄稿。若手サイエンスライターの旗手として注目を集めている。

本書の要点

  • 要点
    1
    ランダムウォーク理論以降、金融に物理学を持ち込んだ学者たちによって、相場の予測が科学的に行われるようになった。
  • 要点
    2
    数理モデルの誤りは、どのようなモデルにも含まれている。例えばオプション取引にイノベーションをもたらしたブラック・ショールズ・モデルも、ランダムウォーク説を前提にしているが故に、大暴落の状況下では機能しないモデルだった。あるモデルを実際に活用する場合には、あらかじめそのモデルの限界を知っておくことが望ましいのである。
  • 要点
    3
    気象学や臨界現象、一般相対性理論など物理学の考え方が金融に持ち込まれ、現在に至るまで最新理論の数々が生み出されている。

要約

世界一のファンドマネージャー

jauhari1/iStock/Thinkstock
ヘッジファンドはクオンツ危機で失速したかに見えたが、モデルの限界を正しく捉えたファンドでは依然高い収益を出していた

世界一のファンドマネージャーは、ウォーレン・バフェットでもジョージ・ソロスでもなく、誰も聞いたことがないような人物だった。若い頃に「ひも理論」の分野に大きく貢献した物理学者のジェームズ・シモンズだ。彼と数学者のジェームズ・アックスが立ち上げたヘッジファンドのルネサンス・テクノロジーズは「メダリオン」という主力ファンド(1988年設立)において、10年間で2378.6%という収益率を叩きだし、創業から現在に至るまで、年平均で40%近いリターンを維持している。

ルネサンス・テクノロジーズの従業員は200名近くいるが、ウォール街の人間は雇っていない。従業員の三分の一が博士号所持者で、物理学や数学、統計学などの分野の人間だ。彼らは物理学や数学からの知見を活用して、予測不可能と思われた株価や債権などの価格を予測し、莫大な富を築いてきた。

2000年代には、彼らのように高度な数式による価格予測モデルを持ち、高性能なコンピュータ・システムによってポートフォリオを保つ、「クオンツ」と呼ばれるトレーダーたちが飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した。一見、最適化されているようにみえたクオンツたちだったが、2007年8月6日から続いた大暴落(クオンツ危機)以来業績を落とし、市場の混乱を招いた。

ベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズといった投資銀行が市場から退いていき、理系トレーダーは金融危機の元凶という議論も巻き起こる。物理学の研究者であった著者はショックを受けると同時に、「物理学を投資の世界に使うことを思いついたのはそもそも誰だったのか?」ということに興味を持ち、調査をしていった。

その過程で、古いモデルを使い続けたファンドは失敗し、古いモデルの限界を正確に知り、新しい数理モデルを利用したファンドは危機を乗り越えていることを明らかにした。冒頭で述べた「メダリオン」は2008年の金融危機の状況下でも80%の好リターンだったというのだ。

物理学を株価予測に適用する

agsandrew/iStock/Thinkstock
経済と物理学を結びつけたのは、経済に研究対象を絞らず、幅広い研究に取り組んできた学者たちだった

株価と数理モデルを結びつけ、金融に革命を興したのはフランスの学者ルイ・バシュリエだ。パリの名門大学グランゼコールに入学できると言われた秀才のルイ・バシュリエは、両親をなくしたことで大学進学を諦め、両親から引き継いだワインの商売で家計を支えていた。その後兵役を終え、パリ大学に入学、フランスで最も有名だった数学者ポアンカレに師事した。

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要約公開日 2014.08.01
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