日本には「課題解決のための発想」がいたるところで使われていて、それが生活に溶け込んでいる。車の切り返しが必要ないように回転するターンテーブルがある立体駐車場や、男性用トイレに取り付けられている傘を掛けるフック。そうした例は、ユーザーの痛み・悩みに共鳴し、それを解決するための案を「デザイン」した成果だろう。
製造業においても同様な観点で、ジャスト・イン・タイムに代表されるような生産性向上に貢献するシステムが数多く開発されている。日本経済が置かれた制約条件のもとで直面する課題を解決するための正解を出していく力は、日本の産業が誇る能力だ。
こうした「問題解決のための発想」は「デザイン思考」と共通している点がある。
ところが、日本企業が誇る品質とコストの最適化による競争優位モデルは、さらなる低コストを実現する企業の出現や、今までの企業モデルを無意味にするほどの破壊的な技術革新を前に、根底から揺るがされている。日本企業は、ダイナミックな戦略を考え、未来のイノベーションに投資していかなくてはならない。
ドラッカーは、著書『The Age of Discontinuity』(『断絶の時代』)のなかで、「エグゼクティブにとって最も重要な仕事は『すでに起こった未来』を見つけることだ」と述べている。
新しい課題を発見して事業機会のアイデアを創出し、イノベーションを引き起こすデザイン思考をさらに高めるためには、「すでに起こった未来」を見つけ、将来へのビジョンを創る作業が重要だ。「すでに起こった未来」の代表例は、人口動態の変化である。日本の高齢化や労働人口の減少は、もはや避けて通ることはできないからだ。政治・経済情勢についても、中国の経済成長や政治的な台頭、アジア諸国の市場拡大は、「すでに起こった未来」と捉えることができる。
経営者にとって重要なことは、技術革新だけでなく社会・経済・環境・政治の分野で起こる変化をも注意深く観察することだ。変化を見過ごすことは、事業機会を見逃すことにつながる。「将来、我々は何になりたいのか?」というビジョンのもと、観察された変化から洞察をおこない、機会を見つけて事業に結びつけることが求められる。
洞察は、「すでに起こった未来」によって生じる不調和に着目しておこなうとよい。たとえば、米国ではアジア系アメリカ人が増加しているにもかかわらず、いつも映画では白人が主役になっているという不調和が背景となり、出演者のほぼ全員にアジア系の俳優を起用した作品が大ヒットした。Uberや、Airbnbが始めた新しいサービスも、普段の生活の中で感じる「なんかしっくりしないな」という不調和がきっかけになっている。
消費者の認識の変化や、産業・市場の変化は新しい機会を創出する。技術革新によって世界中で「すでに起こった未来」となっていた消費者の認識の変化を見抜くことができずに、日本はスマホ市場で後手を踏んだ。テスラは、参入障壁の高い自動車産業に対し、シンプルなデザインの電気自動車や、ディーラーを通さない直接販売網といった、変則的な方法で市場参入を果たし、自動車産業の市場構造に変化を起こしている。
先述したように、新しい戦略モデルを構築するためのはじめの一歩は、すでに起こっている変化を見つけ洞察することだ。その上で、成功したイノベーターになるためには、人間の行動、心理的属性、そして共感を理解し、消費者に新しい「意味」を与える必要がある。
「意味」は、人間が購買を決定する要因となった、その製品が呼び起こす感動・共感を分析すると見えてくる。そして、従来主流であった意味とは別の新しい意味を創造することを目的として、製品・サービスをデザインする。
任天堂は、高画質で複雑な操作をおこなって遊ぶという意味を追求するのではなく、友だちと一緒に体を動かして遊ぶゲームという新しい意味を、Wiiで創り上げた。また、良品計画の無印良品(MUJI)ブランドは、シンプルで、自然で、無名で、調和のとれたその世界観に共感する顧客を世界に持つ。
このように、ユーザーの共感を生む意味と世界観を創り上げることを念頭に、新製品開発やイノベーションを起こしていかなくてはならない。
ここで、新しい意味を見出すために、デザイン思考の手法として使われているツールを紹介しよう。
3,400冊以上の要約が楽しめる