現在の世界には大きく3つの問題がある。
第一に、正しい種類の知識が利用されていない。知識には暗黙知と形式知の2種類がある。多くの企業幹部が頼ろうとしているのは、計量でき、一般化できる形式知のほうである。しかし、形式知を頼る企業は変化に対応できない。社会現象は人々の主観や価値観などを考慮する必要がある、文脈依存的な現象であるからだ。経営者たちはこのことを考えに入れていない。
第二に、未来を「創る」ことが行われていない。科学的な成果や技術の進歩により、多くのことが可能になった。思っていたよりも早く、さまざまな未来が実現しつつある。だからこそ、企業のトップに立つ者は「どんな未来を創造したいのか」を考えなければならない。その未来像の違いが企業の根本的な差を生む。そして、それは自社の利益だけを考えるのではなく、公益の追求でなければならない。企業の経営者は社会にとって善である判断を下すことが求められるのだ。
第三に、時代にふさわしいリーダーが育成されていない。過去に例のないほど世界が不安定な今、賢明な変革者の役割を果たせるワイズリーダー(賢慮のリーダー)が求められる。それは、何事にも文脈があること、変化があることを踏まえて判断し、社会にとって何がよいかを見極めることができる人材である。細かいところまで目を配るマイクロマネジメントと、将来の大局的な構想の両方が必要だ。さらにワイズリーダーには、短期主義の誘惑に負けず、持続可能な企業の運営方針を見出せる力が求められる。
本書は以上の問題を克服するための知的な土台と、よりよい未来を築いていくための方策を解説する。
リーダーは暗黙知と形式知の他にもうひとつ、「実践知」を用いなければならない。実践知とは、実践、つまり経験によって培われる暗黙知である。賢明な判断を下したり、実情に即した行動を取ったりするのに必要な知識だ。ワイズリーダーは実践知を備えたリーダーである。肩書は関係なく、組織のどこにいる者でもワイズリーダーになれる。
企業は新しい未来を築かなければ生き残れない。リーダーは自らの理想と夢を追って思い切った挑戦をしなければならない。しかし、当然理想を追い求めるだけでは不十分だ。プラグマティックになることで初めて、共通善のために「いま・ここ」で何をするべきかがわかる。リーダーは理想主義的な現実主義者でなければならないのだ。だからこそ、知識と実践知を追究することが大切になる。
ワイズカンパニー(賢慮の企業)とは、ワイズリーダーに率いられる企業を指す。ワイズカンパニーは、知識を創造・実践し、イノベーションを起こすのは人間であるということを知っている。社員の知恵を育むことで持続的なイノベーションを成し遂げているのである。
知識とは、ある特定の状況や文脈において他者や環境との相互作用を通じて創造され、実践される正当化された信念である。したがって、知識の創造と実践は社会的な営みだと言える。
前著『知識創造企業』で提示したSECIモデルのプロセスは、次の4つにまとめることができる。第一に、個人同士が直接的な相互作用により暗黙知を共有する「共同化」。第二に、個人がチームレベルで共同化によって積み重ねられた暗黙知を統合し、形式知に変換する「表出化」。第三に、形式知が組織の内外から集められ、組み合わされ、整理されることで体系的な形式知が組織レベルで築かれる「連結化」。そして第四に、連結化によって増幅した形式知が実行に移され個人の血肉となる「内面化」である。
知識は個人や組織間で相互作用しながらSECIプロセスをたどることにより、増幅していく。これがSECIスパイラルである。SECIプロセスが繰り返され、スパイラルとなることにより、知識は個人レベルから組織レベルへ、組織レベルから組織間レベルへ、そして社会レベルへと、徐々に高次の方向に上昇していく。この次元が上昇するに伴い、かかわるコミュニティが大きくなり、より多くの人がかかわるようになる。それにより知識実践の規模と質が高まり、より多くのイノベーションの促進につながる行動が引き出される。この運動により、知識創造・実践のコミュニティは大きくなっていく。
このスパイラルの上昇の原動力となるのは、組織の「高次の目的」である。これには、後述するように、組織の利益だけを追い求めない「共通善」の追求が必要だ。SECIスパイラルは、組織が単に環境の変化に対応するというだけでなく、自分たちが思い描く未来を実現するという目的のもと、自己刷新をくり返すプロセスである。
ワイズリーダーには6つの実践が重要となる。
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