放浪記

未読
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放浪記
出版社
出版社名なし
定価
0円(税込)
出版日
1930年07月01日
評点
総合
4.0
明瞭性
3.5
革新性
5.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

仕事中、ちょっとだけサボるためにトイレで時間をつぶした経験はないだろうか。これは、本書『放浪記』の著者で主人公である林芙美子の姿だ。芙美子は小説家の家で子守の仕事をしているのだが、実は赤ちゃんが嫌い。芙美子はトイレに逃げ込み「トンカツ食べたいなあ」と夢想しながら、束の間の自由時間を過ごすのである。

昭和初期に出版された『放浪記』は、発売されるやいなや大人気となったベストセラーだ。本書は作家・林芙美子のデビュー作であり、十代の終わりに上京してからの数年間を綴った日記である。

芙美子は恋人を追って広島から上京するも、あっさり振られてしまう。住む場所もお金もなく、いつもお腹はペコペコだ。あわや鬱になりそうな展開だが、芙美子はへこたれない。カフェーの女給やセルロイド工、ベビーシッターなど様々な職を転々としながら、せっせと作品を書いて出版社に持ち込む。

お金も家柄も定職も持たない二十歳前後の女の子が、ひとり東京で生きていくのは並大抵のことではない。実際芙美子は何度も落ち込んだり絶望したりするのだが、そのたびにV字回復をする。今よりも遥かに保守的で、女性の自己実現など夢のまた夢だったこの時代に、決して自分をあきらめず、自分を生きた林芙美子。本書からはそんな芙美子の生きる力をもらえるはずだ。

日記文学である『放浪記』は、今風に言えばブログである。好きなページから読むもよし、また全部読み切らなくても構わない。ブログを覗く気分で気楽に楽しんでほしい。

ライター画像
矢羽野晶子

著者

林芙美子(はやし ふみこ)
1903年(明治36年)福岡県門司市に生まれる。実父が芸者を家に入れたため、母と養父とともに九州各地を転々とする。16年(大正5年)広島県尾道市に定住。22年(大正11年)女学校を卒業し婚約者を追って上京するも、翌年婚約を破棄される。28年(昭和3年)雑誌「女人藝術」に発表した「秋が来たんだ―放浪記」が評判となり連載開始。30年(昭和5年)『放浪記』が単行本として刊行されるとたちまちベストセラーに。以降、作家として活躍。代表作に『晩菊』『浮雲』などがある。1951年(昭和26年)心臓麻痺で急逝。

本書の要点

  • 要点
    1
    恋人と別れた芙美子は故郷へ向かう。車中で思わず涙するが、窓に映った百面相のような自分の顔に「こんな面白い生き方もあるのだ」とまじまじと見入る。
  • 要点
    2
    子爵夫人が不良少年少女を救済しているという新聞記事を読み、自分も救済してもらおうと出かける芙美子。しかし、あえなく追い返されて腹を立てる。
  • 要点
    3
    都会の暮らしに疲れた芙美子は外房への旅に出る。自殺を図ろうとするも、雄大な自然や茶屋の老夫婦たちに癒される。すっかり元気になった芙美子は、天下の富士山を前に啖呵を切る。

要約

秋が来たんだ

淋しくてやりきれない夜

十月×日

四角い天窓から、紫色に澄んだ空が見えた。秋が来たんだ。コック部屋でご飯を食べながら、私は遠い田舎の秋を懐かしく思った。

今日はなぜか人恋しくてやりきれない。私は雑誌を読むふりをして、色んなことを考えていた。なんとかしなければ、自分を朽ちさせてしまう。

広い食堂の片づけを終えると、ようやく自分の体になった気がする。心から何かを書きたい。毎晩そう考えながら部屋に戻るが、一日中立ちっぱなしで疲れていて、夢も見ずに寝てしまう。住み込みは辛いから、そのうち通える部屋を探そうと思うが、外に出ることもできない。

夜、寝てしまうのが惜しくて暗い部屋の中でじっと目を開けていると、溝からチロチロ虫の音が聞こえる。冷たい涙が不甲斐なく流れて、泣いたらだめだと思いながらも、込み上がる涙をどうすることもできない。女三人、古い蚊帳の中で枕を並べている姿は、店に晒されている茄子のようでわびしい。

「虫が鳴いているよ……」。隣で寝ているお秋さんにそっとつぶやくと、「こんな晩は酒でも飲んで寝たいね」と返ってきた。

何か書きたい。何か読みたい。冷や冷やとした風が蚊帳の裾に吹いてきた。

かたつむりのように
zu-kuni/gettyimages

十月×日

ここに来て二週間、同僚は二人。お初ちゃんという子は名前のように初々しくて、銀杏返しがよく似合う可愛い子だ。

「私は四谷で生まれたのだけど、十二の時よその叔父さんに満州に連れられて、じきに芸者屋に売られたのよ。そこの桃千代という娘と、よく広い廊下をすべりっこしたわ。まるで鏡みたいにつるつるだった」

客が飲み食いして帰った後、お初ちゃんはテーブルにこぼれた酒で字を書きながら、重たい口でこんな話をした。

もう一人は私より一日早く入ったお君さんで、母性的で気立てのいい女である。

こんなところで働いている女たちは、はじめは意地悪くてコチコチに用心しているけど、一度何かのはずみで真心を見せると、すぐに十年の知己のような、まるで姉妹以上になってしまう。

客が途絶えると、私たちはよくかたつむりのようにまあるくなって話をした。

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