秋が来たんだ
淋しくてやりきれない夜
十月×日四角い天窓から、紫色に澄んだ空が見えた。秋が来たんだ。コック部屋でご飯を食べながら、私は遠い田舎の秋を懐かしく思った。今日はなぜか人恋しくてやりきれない。私は雑誌を読むふりをして、色んなことを考えていた。なんとかしなければ、自分を朽ちさせてしまう。広い食堂の片づけを終えると、ようやく自分の体になった気がする。心から何かを書きたい。毎晩そう考えながら部屋に戻るが、一日中立ちっぱなしで疲れていて、夢も見ずに寝てしまう。住み込みは辛いから、そのうち通える部屋を探そうと思うが、外に出ることもできない。夜、寝てしまうのが惜しくて暗い部屋の中でじっと目を開けていると、溝からチロチロ虫の音が聞こえる。冷たい涙が不甲斐なく流れて、泣いたらだめだと思いながらも、込み上がる涙をどうすることもできない。女三人、古い蚊帳の中で枕を並べている姿は、店に晒されている茄子のようでわびしい。「虫が鳴いているよ……」。隣で寝ているお秋さんにそっとつぶやくと、「こんな晩は酒でも飲んで寝たいね」と返ってきた。何か書きたい。何か読みたい。冷や冷やとした風が蚊帳の裾に吹いてきた。
かたつむりのように

十月×日ここに来て二週間、同僚は二人。お初ちゃんという子は名前のように初々しくて、銀杏返しがよく似合う可愛い子だ。「私は四谷で生まれたのだけど、十二の時よその叔父さんに満州に連れられて、じきに芸者屋に売られたのよ。そこの桃千代という娘と、よく広い廊下をすべりっこしたわ。まるで鏡みたいにつるつるだった」客が飲み食いして帰った後、お初ちゃんはテーブルにこぼれた酒で字を書きながら、重たい口でこんな話をした。もう一人は私より一日早く入ったお君さんで、母性的で気立てのいい女である。こんなところで働いている女たちは、はじめは意地悪くてコチコチに用心しているけど、一度何かのはずみで真心を見せると、すぐに十年の知己のような、まるで姉妹以上になってしまう。客が途絶えると、私たちはよくかたつむりのようにまあるくなって話をした。





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