時間とテクノロジーの表紙

時間とテクノロジー

「因果の物語」から「共時の物語」へ


本書の要点

  • 現実世界は、複数の原因が重なりあって結果を生んでいる。ひとつの原因がひとつの結果に結びつくような「因果の物語」だけでは、もはや世界を説明することはできない。

  • 「因果の物語」の代わりに立ち上がってきたのが「確率の物語」「べきの物語」そして「機械の物語」だ。ただし人間はこれらの物語を「自分ごと」だと感じられず、結局は「因果の物語」にとらわれてしまっている。

  • 私たちは機械や他者、仮想や現実が偏在している時空間に生きている。あらゆるものにつながっているという感覚をもち、善き相互作用を育んでいく「共時の物語」が求められる。

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変化する過去

色あせず、改変される過去

過去を記録することは、文明の進展にとって必要なことだった。しかし現代では、過去のもつ意味そのものが変化しようとしている。

まず、過去は色あせなくなった。クラウドの登場により、過去は摩耗せずに蓄積されるようになった。また最新のAIによるフィルタリングを施した画像は、もはや人間の眼の能力を超えたクオリティを持ち、古いものと新しいものを見分けるのは困難だ。

一方で過去は、つねに改変される可能性をはらみ始めた。紙の本は大量にコピーされることで情報自体の改変や消滅を防いでいた。だがクラウドに保存されたデータは、読み込む際に機械を経由する。そのため機械の仕様や規格の多様化によって、情報自体が得られなくなるという状況が生まれた。

飽和する過去

Carole Newman/gettyimages

音楽や動画のストリーミング配信の登場により、単体の作品をモノとして捉える感覚が消滅しつつある。そして水平化された作品群が、ネットフリックスなどのプラットフォームと一体化し、視聴者の好み等に合わせ、垂直に統合される。

このようなプラットフォームでは、作品が改変されても、私たちがそれに気づかない可能性がある。モノとして所有しているわけではないからだ。過去の記録は揺らいでいき、ついには自分の記憶さえも正しいかわからなくなるかもしれない。まさにSF的な世界だ。

そして私たちは、そんな過去に郷愁を感じなくなっていく。たまに目にするからこそ懐かしく感じられていた過去は、いつでも現在進行形で共有できるようになった。過去の文化は消費されつくし、飽和状態になってしまっている。

過去と記憶

過去は押し付けがましくなり、忘れることさえできなくなっている。SNSのプラットフォームが消滅しない限り、そこに書き綴ったことはいつまでも残り続ける。

そもそも人が「忘れる」のは、忘却が高度な思考を可能にするために必要だからだ。人の脳は、さまざまな出来事の中から印象深いものだけを選んで記憶し、その中身も時間が経つにつれて変化していくメカニズムになっている。細かいことを忘れることで、抽象的な思考ができるのだ。

意識と関係が深く、最も高度な記憶として「エピソード記憶」がある。自分を中心とした時間軸において、自分が経験したことだと理解している記憶のことだ。これがあるから、自分のなかで過去から未来へとつながる「物語」を紡げる。またエピソード記憶は、物語によって知識を多くの人に伝えるうえでも役立つ。そして物語は、自分が主人公である情景をイメージさせ、自分が存在しているという「自分ごと化」に結びつく。

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これまでの物語とこれからの物語

確率の物語

pxel66/gettyimages

私たちが物語を考えるとき、それが時系列の因果関係に沿っていることを期待する。これを「因果の物語」と呼ぼう。因果の物語はわかりやすく説得力がある。だがそれで複雑な世界のすべてを言い表せるわけではない。

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要約公開日 2020.02.29
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