筋道立ててよく考え、推測する能力は人類が誇る才能だ。しかし、その人類の知性が誤った考え方をすることも少なくない。詐欺まがいの健康アドバイスにはじまり、最近盛んなフェイクニュースなど、現代ほどペテン師や愚か者の意のままに人々が操られている時代はない。
とはいえ、その誤りから学ぶというユニークな才能も備えている。どんな場面で間違えやすいかを知ることができれば、誤った考え方をしないで済む。そのための強力な武器となるのが、批判的に考える能力だ。思考の道筋を最後まで論理的にたどる方法を身につければ、私たちは本能や直感などよりもはるかに信頼できる形で結論を下せるようになるに違いない。
もちろん、自分の信念に対して、他人の信念に向けるのと同じくらい厳しい疑いをもつことは難しい。明らかな事実を頼りにして、どれだけ心地よいものであっても間違った考えや信念を捨てる覚悟を持つことが大切なのだ。導き出した結論が気に入るか、自分の世界観に合っているかよりも、その結論がエビデンスと論理によって導き出されたかどうかが重要なのである。
私たちの現実はいとも簡単にねじ曲げられてしまう。私たちが間違いを犯す理由を明らかにしたうえで、どうすれば分析的思考を身につけ、科学的手法を用いて個人の生活を、そして世界全体をよりよくすることができるかを探ることが本書の目的だ。
論証において、論理構造に欠陥があるために論証も間違えてしまうことを「形式的誤謬」と呼ぶ。「すべての人間は死ぬ。ソクラテスは死んだ。したがってソクラテスは人間だった」。この論証は表面的には正しいように見えるが、「後件肯定」という誤りに陥っている。試しに「人間」を「犬」に置き換えると間違いがわかるだろう。
この後件肯定は、誤りのある論証があたかも正当であるかのような幻想をつくり出す。たとえば陰謀論者は次のように自分の主張を正当化する。「隠蔽工作があるなら公式声明は否定するだろう。公式声明は我々の主張を誤りだと証明した。したがって隠蔽工作があった」。有効な論拠で否定しても、こうした後件肯定を用いれば正当化できてしまう。
製薬会社は癌の治療法を知りながら隠している、といったあらゆる種類の陰謀論の根幹に、後件肯定がある。そもそも、大規模な陰謀を長期間隠し続けるのはほぼ不可能だ。
他にもこうした論理の飛躍はある。近年、癌の発生率は著しく上昇した。多くの人は、遺伝子組み換え食品や予防接種などにその責任を押しつけようとした。しかし、癌の最大のリスク要因とは加齢である。感染症や劣悪な衛生状態などを克服した人類が長生きするようになったため、癌の発生率が上がっているのが事実なのだ。
関心を引きつけるたった1つの例から結論に飛びつくと錯誤に陥ってしまう。幸運な成功例だけから結論を出す「生存者バイアス」や、エビデンスのなかから自分に都合のいいものだけを選ぶ「チェリーピッキングの誤謬」などにも導かれて、私たちは誤った結論にたどり着いてしまう。
論理構造自体は合理的でも、前提に誤りがあると非形式的誤謬が生じる。
2つの分野でノーベル賞を受賞した唯一の人物であるライナス・ポーリングは、大量のビタミンCは風邪はおろか万病に効く万能薬だと世界中に伝えた。しかしその説には確かな根拠が存在しなかった。
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