教養としての「地政学」入門

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教養としての「地政学」入門
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教養としての「地政学」入門
出版社
出版日
2021年03月01日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.5
革新性
3.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

引っ越しできない状況の中で、平穏な生活を脅かすような「隣人」が現れて、両側を挟まれてしまったらどうするか? 私たちが普段の生活において直面してきた問題であろう。個人なら自分が逃げられればよいが、国だとそうはいかない。まさに悩みどころである。

本書は、地政学をその「国が引っ越しできない」状況になぞらえてわかりやすく説明している。通読すると、古今東西、世界の様々な地域にこうした悩みが発生し、そのたびに政(まつりごと)を取り仕切る為政者はあらゆる策を講じてきたことが見えてくる。

世界の歴史に関する多くの本を著してきた著者だけに、本書の筆致はやさしく、わかりやすい。予備知識がなくても地政学を感覚的にとらえることができる。また世界史の知識がある人なら、それを思い出すことで、歴史的背景と地政学の組み合わせで立体的に理解できる効果がある。人は産まれる場所を選ぶことができない。そして、その地域や時代によって、その人の人生に大きな差ができてくる。その歴史のダイナミズムも垣間見ることができるだろう。

もう1つ興味深いのは、科学技術の進歩によって地政学も少しずつ変わっていっている点だ。著者は「原子力空母の存在が海の地政学を変えた」と指摘し、具体例としてアメリカ海軍の機動部隊「空母打撃群」を挙げる。21世紀の地政学は今後、技術の進化に足並みをそろえてさらなる変化を遂げるのかもしれない。そうした未来を想像するのにも役立つ一冊だ。

ライター画像
毬谷実宏

著者

出口治明(でぐち はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年、三重県生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画を設立し、代表取締役社長に就任。08年4月、生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険に社名を変更。12年に上場。社長、会長を10年務めた後、18年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。主な著書に『生命保険入門新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」Ⅰ・Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする本物の教養』『自分の頭で考える日本の論点』(以上、幻冬舎新書)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)、『人類5000年史Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義(古代篇、中世篇、戦国・江戸篇)』『世界史の10人』(以上、文藝春秋)などがある。

本書の要点

  • 要点
    1
    地政学とは、地理的な特徴や隣国関係も含めてどんな環境に住んでいるか、その場所で平和に生きるためになすべきことは何で、どんな知恵が必要なのかを考える学問である。
  • 要点
    2
    「陸の地政学」で歴史を眺めると、引っ越しが不可能な国という存在を前提に、各国は地政学的な権謀術数を駆使してサンドイッチ攻防戦を繰り返してきたことがわかる。
  • 要点
    3
    海路で鍵を握るのは半島や海峡であり、これを理解することが海の地政学の基本となる。
  • 要点
    4
    日本は、ロシア、中国という二大国家が太平洋に出る際の障害となる、絶妙な位置に存在している。

要約

【必読ポイント!】 国は引っ越しできない

その場所で平和に生きるために

地政学は英語ではgeopoliticsと呼ぶ。地理学geographyと政治学politicsを足し合わせた造語だ。地理学には自然地理学と人文地理学があるが、人文地理学は人間と自然との関わり合いの中で生み出したものを研究対象とするため、地政学はその一部と考えることもできるだろう。

地政学という学問自体には歴史があるが、それはつまり何かと問われたら、次のように答えたい。「ある国や国民は、地理的なことや隣国関係をも含めて、どのような環境に住んでいるのか。その場所で平和に生きるために、なすべきことは何か。どんな知恵が必要か。そのようなことを考える学問」である。

地政学の前提
Nastco/gettyimages

地政学とは何ぞやという質問にはもっと簡単な回答がある。「国は引っ越しできない」ということを前提に存在している学問である、と。地政学的な知恵は、人間が定住するようになってから必要になってきたと考えられる。

人類が定住を始めたのは1万2000年前頃からと考えられており、人類にドメスティケーションと呼ばれる現象が起こった。人類は食糧を追いかけて移動し続ける生活を止め、狩猟採集生活から農耕牧畜社会へと転換していったと考えられている。

良い場所だと思った地点に定住するようになると人口も増え、そのうち近隣に乱暴な連中も住みつくようになり、トラブルが起き始める。天候不順などが長期にわたって続いたりもする。移動しなくなった人類は隣人や災害への対策に知恵を絞る。こうして、地政学的問題を人類が抱えるようになったのだ。

文明の始まりとともに

世界史上で最初に地政学的な問題が登場するのは、エジプトとメソポタミアの関係だ。メソポタミアは世界最古の文明が登場した場所であり、エジプトのナイル川のほとりはその次に文明が生まれた場所だからだ。気候が温暖で豊かな川が流れ、穀物がよく実る場所である。ドメスティケーションはメソポタミアから始まったと考えられる。

メソポタミアとエジプトに文明が栄えると両者の間に交易が生まれ、互いに往来するようになった。その旅程で通過するシリアやパレスティナの地が自分の勢力範囲にあれば商売が楽になると考え、支配しようとする野望を抱くようになる。その結果、シリアやパレスティナに小国を築いていた民族は二つの大国の巻き添えを食うことになった。BC1274年に起こったカデシュの戦いはその代表的な一例だ。この戦いでは、世界最古の平和条約も交わされている。

長江と万里の長城
CHUNYIP WONG/gettyimages

揚子江とも呼ばれる長江は中国の地政学的中心であり続けた。農産物生産の中心地はその流域であり、特に南側の江南が豊かな土地だ。そのため強力な遊牧民が中国に入ってくると、漢族を中心とする王朝は長江の南に逃げて新しい国を作った。長江は大河であり騎馬軍団が渡河するのは難しく、天然の要塞となったのだ。

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要約公開日 2021.05.20
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