室町は今日もハードボイルドの表紙

室町は今日もハードボイルド

日本中世のアナーキーな世界


本書の要点

  • 中世日本の三大特質は、公権力に頼らず、すべてを当事者の「自力」で解決する自力救済原則、神仏への信仰心の篤さ、社会の多元的・多層的な実態の3つである。

  • 中世日本は国家としての体制をギリギリ保っているような状態だったが、すべてを一つに統一することが必ずしも理想的ではないことを教えてくれる。

  • 中世は人々の信仰が薄れつつある時代でもあった。戦乱の前に信仰は無力だったからである。大規模な社会混乱が起きると、人々は新しい価値観を求めるようになり、合理主義の近世へと向かう。

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【必読ポイント!】 激しく生きる中世人

「ふぉんのうじに、ふぃの手が!」

「母とは二度会うけど、父とは一度も会わないもの、な~んだ?」

これは戦国時代に書かれた『後奈良院御撰何曾(ごならいんぎょせんなぞ)』というなぞなぞの本に登場する問題の現代語訳である。正解は「くちびる」。「母」と発音するときには二度触れ合うが、「父」では一度も触れ合わないからだ。

現代日本話者ならば、首をかしげる説明だろう。「ハハ」と発音してもくちびるは触れ合わない。実は、戦国時代以前と以後ではハ行の発音が異なるのだ。戦国時代以前の日本語では「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」と発音されていたらしい。「母」は「ファファ」だったのである。時代考証をきちんとするなら、戦国ドラマは「ふぉんのうじ(本能寺)にふぃ(火)の手が!」「ふぁか(謀)られたか!」となるべきなのである。

江戸時代以降の日本人とそれより前の日本人とでは、言葉の発音ひとつとってもずいぶん異なっていた。そんな中世日本の言葉の問題に注目する。

日本語は悪口が少ない?

prezent/gettyimages

日本語は悪口や罵倒語のボキャブラリーが少ないことはよく知られている。しかし、これを「日本人は昔から人をけなさない温厚な民族だった」という論に帰結させるのは安易だ。鎌倉時代までさかのぼれば、現代では想像もつかないような強烈な悪口が数多く使われていた。

例えば、鎌倉時代の裁判史料に登場する「母開」という言葉は、かなり強烈な悪口だったようだ。この言葉が古文書に登場するのはわずか2回だが、いずれもこれを口にした側には高額の罰金が科されている。ではこの「母開」とはどのような意味なのだろうか。

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要約公開日 2021.09.15
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