本書の要点

  • ロシア・ウクライナ戦争は、クラウゼヴィッツの言う「古い戦争」の色が濃い。それは政治目的を達成するために軍事力を振るう「拡大された決闘」である。

  • 一方で、この戦争は新しい戦争としての側面も有しており、戦争の形態が簡単には消えずに多様性を残していることを示唆している。

  • 中国はロシアと緊密な関係を築きながら、必ずしも一枚岩とはいえない行動をとっている。共産党の人事によってその行動はある程度制限されている。また、対外政策ではアメリカが念頭に置かれている。

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【必読ポイント!】 古くて新しいロシア・ウクライナ戦争(小泉悠)

「古い戦争」とは

CSA-Printstock/gettyimages

2022年2月に開始されたロシアのウクライナ侵略(以下ロシア・ウクライナ戦争)は、第二次世界大戦後の欧州で発生した最大規模の国家間戦争だ。プーチン大統領が戦争を始めた動機を、現時点で正確に論じることはできない。それは後世の歴史研究に任せ、ここではロシア・ウクライナ戦争の性質について論じていく。19世紀、プロイセンの軍人だったカール・フォン・クラウゼヴィッツは著書『戦争論』で、戦争を「他を以てする政治の延長」と定義した。それは国家が「政治」的な目的を達成するために暴力を使う闘争であり、クラウゼヴィッツは戦争を「拡大された決闘」にたとえた。こうした戦争をここでは「古い戦争」と位置付けよう。その後、1990年代から2000年代にかけて、この戦争モデルに対して、次のような議論が盛んになった。『戦争論』での戦争は歴史的に見ると必ずしも普遍的なものではない。近代国家が出てくる前の軍事力は貴族、教会、都市などに広く偏在し、名誉、宗教的使命など、政治的目的以外にもさまざまな目的で行使された。破滅を伴う核兵器が登場してからは、政治的目的達成のための国家間戦争は合理的ではなくなった。超国家的機構、地域間機構、非国家主体などの登場により、国家は相対化されていく。冷戦終結後は多くの社会主義国家が崩壊し、米ソの戦略に支えられていた国家が失敗国家化していった。こうした状況下で、人々は国家と自己を同一化しなくなり、戦争を避けるようになっていった。多くの論者は、クラウゼヴィッツの戦争は過去のものになっていくだろうと予想した。21世紀における戦争は、国家同士の大きな軍事衝突とは限らない。その動機も政治的目的の達成とは限らず、勝利ではなく戦争という状況のなかで利益を得ることにすぎない、というわけだ。

古い戦争とロシア・ウクライナ戦争

しかし、今回のロシア・ウクライナ戦争は全体的に「古い戦争」の特徴が色濃い。

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要約公開日 2022.11.26
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