覚悟の磨き方

超訳 吉田松陰
未読
日本語
覚悟の磨き方
覚悟の磨き方
超訳 吉田松陰
未読
日本語
覚悟の磨き方
出版社
サンクチュアリ出版

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定価
1,650円(税込)
出版日
2013年06月10日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
4.0
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おすすめポイント

吉田松陰は、誰よりも熱く、冷静だった幕末の天才思想家である。1854年、ペリーの二回目の来航時、松陰は「あなたたちの技術を学びたい」という強い意志を直接アメリカ艦隊に訴えようとした。日本の今後3000年の歴史という未来を見据えた25歳の情熱的な青年は、命がけで国境を越えた。その後、牢獄で志を語り合える仲間に会い、かの有名な松下村塾を開く。志半ばの30歳で処刑されるも、仲間たちが明治維新という大改革を起こし、その後の近代日本を背負っていった。松陰がこれほど思い切った行動を起こした時期が25歳の若さだったことにも、その理由が3000年後の日本のためだったことにも感嘆せざるをえない。

吉田松陰とはどのような人物で、どのような行動指針を持っていたのだろうか。それが凝縮された176個に及ぶ松陰の言葉が、本書では現代でもわかりやすい「超訳」として紹介されている。

彼の考えはいたってシンプルだ。「正しいと思うことを最後まで貫け」「仲間を思い、ためになることをしろ」。読み進めると、心に刺さる言葉に多数出合える。くわえて、自身の志やリーダーシップ、友人関係などを問い直すきっかけが得られる一冊だ。

後悔しない生き方とはなにか? 人生の終わりを前にしても「私の役目はここまで」と動じず、友に志をつないだ吉田松陰。その生き方が、現代の私たちの魂にも火をつけてくれることだろう。

著者

池田貴将(いけだ たかまさ)
早稲田大学卒。リーダーシップ・行動心理学の研究者。
大学在籍中に世界No.1コーチと呼ばれるアンソニー・ロビンズから直接指導を受け、ビジネスの成果を上げる「実践心理学」と、東洋の「人間力を高める学問」を統合した独自のメソッドを開発。リーダーシップと目標達成の講座を開始すると、前項の経営者・役職者からたちまち高い評価を得た。
また安岡正篤、中村天風、森信三の教えを学び、東洋思想の研究にも余念がなく、中でも最も感銘を受けた吉田松陰の志を継ぐことを自らの使命としている。
著作に『未来記憶』(サンマーク出版)『動きたくて眠れなくなる。』(サンクチュアリ出版)がある。

本書の要点

  • 要点
    1
    吉田松陰は、30歳で生涯を終えた幕末の天才思想家である。優れた兵法家で、教育家でもあった。「松下村塾」を開き、そこから生まれた数多くのエリートたちが大改革「明治維新」を成し遂げた。
  • 要点
    2
    松陰は行動につながらない学問は無駄だと考えた。現状維持を嫌い、思い立ったらすぐに行動して、「未来は自分の手で生み出せる」という自信を持ち続けた。何千年後の未来をも見据え、自身の学ぶ姿で弟子(友)を感化して、志を彼らにつないだ。

要約

吉田松陰という男

日本の近代化への扉をたたいた男

1853年、ペリーは黒船を連れて鎖国下の日本にやってきた。突然の外国艦隊の来航、そして大砲三発の威嚇発射に、江戸は驚天動地の大騒ぎとなった。圧倒的な技術力の違いに、江戸幕府は沈黙してしまった。

ところが、多くの人々が意気消沈しているなか、ただ一人、西洋を追い抜こうと意気込む25歳の若者がいた。それが吉田松陰だ。松陰は兵法の専門家であり、西洋諸国を倒そうとしていた。だが、黒船の大砲の威力を目にして、外国のやり方を学んだ方がいいと考えを改めた。当時は海外渡航をすれば死刑であったが、松陰は翌年の黒船の再来航時に、荒波を越えて、黒船の甲板に乗り込んだ。

彼は次のように言い残している。「今ここで海を渡ることが禁じられているのは、たかだか江戸の250年の常識に過ぎないが、今回の事件は、日本の今後3000年の歴史にかかわることだ。くだらない常識に縛られ、日本が沈むのを傍観することは我慢ならなかった」。無防備な侍が、法を犯して命がけで「学ばせてくれ」と挑んでいく。その覚悟と好奇心の異常ぶりに、アメリカ艦隊は恐れを抱き、日本の底力を思い知った。こうして吉田松陰の小さな一歩が、後の「明治維新」という大きな波を生むことになる。

誰よりも熱くて冷静な天才思想家
Photos.com/gettyimages

松陰はしきたりを破り、自分の信念を貫く情熱家であった。その一方で、どこでも本を読む、大変な勉強家でもあった。密航で逮捕された後、松陰は江戸から故郷の長州藩(山口県)の萩へと送られ、牢獄で出会った様々な境遇の囚人たちを弟子にすることになる。仮釈放後、松下(まつもと)村という小さな村で塾をはじめた。それが後に伝説となった「松下村塾」である。

松下村塾では、夜を徹して書き写した教科書を用いて、二間の狭い校舎で、松陰が学問を教えていた。その期間はわずか2年半だった。だが、高杉晋作や伊藤博文をはじめとして、結果的に総理大臣2名、国務大臣7名、大学の創設者2名という数多くのエリートを輩出した。

松陰はなぜこのような教育ができたのだろうか。彼は、いかに生きるかという志を立てることができれば、人生そのものが学問に変わり、あとは生徒が勝手に学んでくれると信じていた。門下生を友人として扱い、入塾希望者には「教えるというようなことはできませんが、ともに勉強しましょう」と寄り添った。教育は、教える者の生き方が学ぶ者を感化してはじめてその成果が得られる。そうした松陰の姿勢が、日本を変える人材を生んだ。

松陰はただの教育者では終わらなかった。幕府の大老・井伊直弼と老中・間部詮勝のやり方に憤慨した松陰は、長州藩に彼らの暗殺用の武器の提供を頼み込み、また牢獄に入ることとなる。弟子たちは、彼を止めようとしたがかなわなかった。そして、松陰は自ら「間部詮勝の暗殺計画」を暴露し、「安政の大獄」の犠牲となった。

松陰は30歳で生涯を閉じたが、松下村塾の弟子たちは彼の思いを継ぎ、後に史上最大の改革「明治維新」を起こすこととなる。この改革は、現在にいたる豊かな近代国家の礎となった。

【必読ポイント】 心(MIND)

動きながら準備する

本書では、心(MIND)、士(LEADERSHIP)、志(VISION)、知(WISDOM)、友(FELLOW)、死(SPIRIT)の章ごとに、松陰の考えと言葉の超訳が紹介されている。要約では、心、志、友、死の言葉の一部をとりあげる。

何かをひらめいたとき、すぐに行動を起こせない人は、いつになってもはじめることができない。そして、十分な知識、道具、気力が完璧にそろう時期が来てからと考える。だが、いくら準備をしても、それらが事の成否を決めることはない。少しでも成功に近づくためには、素早い第一歩が欠かせない。そのうえで、多くの問題点に気づき、丁寧に改善することが大切なのだ。

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