ゲノム編集の世紀

「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか
未読
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「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか
未読
ゲノム編集の世紀
ジャンル
出版社
出版日
2022年11月15日
評点
総合
3.8
明瞭性
3.5
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

遺伝子編集され、知能や体力、容姿がエンハンスメントされた人間が当たり前のように産まれて、生きている未来社会を描くSF作品は数多く存在する。そして、その根幹となる技術は既に編み出されている。

本書がテーマとするCRISPR―Cas9(クリスパー・キャスナイン)による技術は、これまでのものよりもはるかに簡単で、安上がりで、安全な遺伝子編集を行うことができる。その手軽さは、高校生が生物学の教室で教材にできるほどだという。既に今世紀最大の科学的発見と称されてさえいる。2020年のノーベル化学賞は、この技術を編み出した2人の科学者が受賞した。

その可能性は、遺伝子に由来する難病の治療や、絶滅した動植物の復活、マラリア蚊の撲滅、農産物の品種改良など、様々な分野に明るい未来をもたらす。一方、生殖細胞系列の編集によるデザイナーベビーの誕生や人為的なエンハンスメントなど、倫理的な課題をはらんでもいる。その課題は、2018年に賀建奎によるCRISPRを使った編集で子供が誕生したことにより、現実的なものとなった。

実現可能なのであれば、いずれ誰かが実現してしまうかもしれない。だからこそ、早い段階で確かな知識に基づき、どのように実践、応用されるのが善であり、また、悪であるのか、しっかりとした考察と議論を重ねることが必要不可欠となる。

CRISPRの発見から技術の開発、賀建奎の事件などについて、緻密な取材と確かな知識に基づき執筆された本書は、そのための有益なガイドブックになるだろう。

ライター画像
大賀祐樹

著者

ケヴィン・デイヴィス(Kevin Davis)
作家、科学雑誌編集者。オックスフォード大学で生化学修士号、ロンドン大学で分子遺伝学の博士号を取得。そののち世界で最も権威ある学術誌のひとつ《ネイチャー》の編集に携わり、新雑誌《ネイチャー・ジェネティクス》の創刊編集長となった。現在はCRISPR(クリスパー)に関する専門誌《CRISPRジャーナル》の編集長をつとめている。著書に『乳ガン遺伝子をつきとめろ!』(共著)『ゲノムを支配する者は誰か』『1000ドルゲノム』など。

本書の要点

  • 要点
    1
    CRISPRとは細菌がウイルスに対抗する免疫システムだ。それを応用して生み出された、簡便にして安価、安全な遺伝子編集技術は、生物学における科学革命となった。
  • 要点
    2
    一般的に、CRISPRの発明者はダウドナとシャルパンティエとされている。だが実際には数多の科学者たちが地道に研究を続け、成果に結実した。
  • 要点
    3
    CRISPRは、遺伝子由来の難病治療や、マラリア蚊の撲滅、農産物の品種改良など有益な技術となり得る。半面、ヒト生殖細胞系列の編集による知能や体力の意図的なエンハンスメントなど、倫理的な課題も併せ持っている。

要約

CRISPR革命

手軽な遺伝子編集技術

CRISPRとは、古代からの細菌に備わっている免疫システムの1つである。科学者たちはこれを利用して、30億文字のヒトゲノムの中から特定の配列を捜し当ててカットし、修正し、書き換えることができる技術をつくった。

CRISPRがあれば、安くて手軽なツールで、遺伝子コードの異常のある部位を書き直すことで、がんをはじめとする遺伝子疾患を精密に治療できるようになると期待される。

また、ウイルスや細菌、植物、動物、ヒトなど、大小様々な生物のDNA配列を、デザインしたり改変したりすることが可能となった。簡便で応用性があり安価なCRISPRは、世界中の研究者たちの想像力をかき立て、科学を根本から変えるものとなった。

CRISPRの発見者として国際的に認められているのは、エマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナの2人だ。2012年6月に発表した論文で、DNA配列のねらった場所を思いどおりに切断できるように細菌酵素をプログラムすることに成功した。

だが、CRISPRは2人だけの成果ではない。何十年にもわたる基礎生物医学への投資と、幾多の科学者たちの地道な研究がもたらしたブレークスルーである。

CRISPRの発見
Bill Oxford/gettyimages

細菌とウイルスは、微生物界における永遠のライバルだ。両者は少なくとも10億年ものあいだ、闘いを続けてきた。

細菌は、細菌にのみ感染するウイルス(ファージ)に脅かされている。ファージは細菌の細胞壁にくっつくと自身の遺伝物質を細菌に送り込み、宿主のタンパク質合成装置を乗っ取って、子孫を増殖させる。

細菌がファージに対抗するためにつくりだした免疫系の1つがCRISPRだ。CRISPRは、細菌ゲノムの中の小さな領域で、過去に感染したウイルスの遺伝子コードの断片(スペーサー配列)が、同一のリピート配列として整然と保管されている。それはあたかも、FBIの指名手配犯ファイルのようだ。

細胞がウイルスの侵入を検知すると、「CRISPRアレイ」と呼ばれる配列の領域が活性化され、ウイルス塩基配列のRNAコピーが作られ、短い断片に切断される。この断片が「Cas」という酵素と結合することで、RNAが照合したウイルスのDNAを見つけ出し、切断、無力化する。

科学者たちは、この仕組を利用して、ウイルス由来のRNAのかわりに自身がデザインした合成ガイドRNAを、Casの中でも最もシンプルな「Cas9」に結合させることで、どの生物のどの遺伝子のどんなDNA配列でも標的にできる技術を開発した。自然界のあらゆる生物は、A、C、T、Gという同じ4文字のアルファベットで書かれたDNAコードを使っているため、ヒトであれ、他の動植物であれ、同じ技術を応用できるのだ。

細菌のDNAにあるリピート配列の発見は、1987年に発表された大阪大学の中田篤男と石野良純の論文(在籍は当時)において報告されていた。さらにスペインの微生物学者フランシスコ・モヒカは、塩田に生息する古細菌のDNAから謎めいたリピート配列を発見し、2001年にそれをCRISPRと名付け、2004年の論文で、CRISPRが免疫システムに関与していることを示した。

デンマークのヨーグルト会社〈ダニスコ〉社の研究者であるフィリップ・ホーヴァートとロドルフ・バランゴウは、細菌の研究の過程でCRISPR―Casシステムが細菌の獲得免疫システムであることを実験によって示した。この実験を通じ、モヒカらの予測の正しさは証明された。成果は、2007年に『サイエンス』に論文として掲載された。

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要約公開日 2023.03.18
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