「自傷的自己愛」の精神分析

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「自傷的自己愛」の精神分析
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「自傷的自己愛」の精神分析
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出版日
2022年12月10日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

「自分のことが好き」「自分に自信がある」。そう胸を張って言い切れる人は、多くはないのではなかろうか。

母子家庭で育ち、転校で友人関係をリセットした経験のある要約者は、そのせいかどうかはわからないが、学生時代に「どうしたら自信をもてるんだろう」という疑問を抱えていた。高い目標を立て、それを達成する。自分を大事にしてくれる人との人間関係を育む。そうした日々の小さな努力の積み重ねによって、ときに満たされ、ときに傷つく自尊心。

「自分のことが嫌い」「自分には自信がない」。そうした心のモヤモヤに気がついた人たちにとって、自己肯定感を高める方法は頼みの綱である。しかし本書はそのアプローチにむしろ批判的だ。「なぜ自分自身をそこまで否定するのか」を見つめ直し、自分を傷つけ続けてしまう「自傷的自己愛」と向き合う方法を提案する。

「自分はどうしようもない人間だ」と思い込み、「自分のことは自分が一番わかっている」と信じている人たちには、他者の声が届かなくなりがちだ。そうして自己完結した世界に陥ってしまうのは、必ずしも物理的にひきこもった人だけではない。

自傷的自己愛という自意識の空間にひきこもりがちな現代社会。「自分のことは自分でする」という自己責任の規範や、周囲から押し付けられた「キャラ」から解放され、「自分自身でありたい」という健全な自己愛を育むための一歩として、本書が役立つことを願ってやまない。

ライター画像
Keisuke Yasuda

著者

斎藤環(さいとう たまき)
1961年生まれ。岩手県出身。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院・診療部長を経て、筑波大学社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学・病跡学、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙。漫画・映画・サブカルチャー全般に通じ、新書から本格的な文芸・美術評論まで幅広く執筆。著書に『社会的ひきこもり』『母は娘の人生を支配する』『承認をめぐる病』『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『「社会的うつ病」の治し方』ほか、著訳書に『オープンダイアローグとは何か』など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    自己責任という規範が加害者意識を強化し、健全な自己中心性=被害者意識をもてなくする。
  • 要点
    2
    自分はダメだと傷つける考えをやめられず、逆説的に自分に強い関心をもつ感情が「自傷的自己愛」だ。
  • 要点
    3
    自傷的自己愛者は、高いプライドと低い自信というギャップに苦しんでいる。
  • 要点
    4
    コミュ力偏重の時代の「キャラとしての承認依存」が、自傷的自己愛者による「キャラとしての自己嫌悪」につながった。
  • 要点
    5
    「自分自身でありたい」欲望こそ、究極の自己愛である。

要約

自傷的自己愛とは

自己責任という規範

谷山浩子さんの「よその子」という名曲がある。歌詞に、「世界から拒絶された少年が世界全体を焼き滅ぼそうと考える」くだりがある。そうして「他者を徹底して拒絶する心は、自分自身をも拒絶せずにはいられない」。

「自己疎外の果ての加害行為」というと2008年の「秋葉原通り魔事件」を思い出す。当時25歳の元自動車工場派遣社員が秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込み、その後17人をダガーナイフで立て続けに殺傷した事件だ。事件前のネット掲示板には、「(自分のような)不細工には人権などない」といった彼自身の激しい自己否定と絶望感が書き込まれていた。

現代のネオリベラリズムという「システム」は、かれらに「自己責任」という規範を要求する。そして、自己責任を果たせず社会に迷惑をかける「醜い」存在として、被害者ではなく加害者としての意識がいっそう強化される。その中で自らの存在意義を見失い、「なんのために生きるのか」が見えなくなる。

苦しさを自分のせいばかりにせず、自分を苦しめる社会システムやそれを解決しない政治家を批判するような自己中心性=「ポジティブな被害者意識」を持ってほしい。しかし著者は、「ひきこもり」の専門家であるからこそ、それが極めて難しいこともわかっている。

自分への否定的な強い関心
tadamichi/gettyimages

「ひきこもり」は、「6カ月以上社会参加をせず、精神障害を第一の原因としないこと」と定義される。どんなに小さなつまずきがきっかけであっても、「いったんその状態に入ると、本人の意思とは裏腹に、自力で抜け出すことが難しくなり、ときには何十年にもわたって長期化する」。そのせいで、もともと低い自尊感情がさらに低下するのが一般的だ。

著者はかれらを「困難な状況にあるまともな人」と捉えている。いじめやブラックな労働環境など、「異常な状況」に対する「まともな反応」として、しばしば不登校やひきこもりが生じるからだ。「まとも」だから、ひきこもりが家族の負担になったりすることを自覚している。そうして、「働かざるもの食うべからず」「権利を主張して義務を果たしていない」といった「正論」の価値観がかれらを追いつめる。

「自分自身には何の価値もない」という信念、確信をもつのは、ひきこもりの人だけではない。社会的に成功している人の中にも存在する。かれらは「自己否定的な言葉を口にすることで、自分を傷つけ続けている」。自分がダメであることに誰よりも自信があり、むしろそこには「本当は自分を大切にしたい」という自己愛が発露しているのではないか。

自分自身についていつも考え続けているこの逆説的な感情を著者は「自傷的自己愛」と呼んでいる。

自己愛とプライド

自己と対象の望ましい関係

ハインツ・コフートの自己心理学では、「健全な自己愛は人間の心身の健康に欠かせないもの」と定義する。彼は、それまで否定的に捉えられてきた自己愛の重要性をもっとも緻密に理論化した。

コフートは人間の一生は自己愛の成熟過程であると考えた。そこで重要になるのが、赤ん坊にとっての母親のような、「自分の一部として感じられるような他者」、「自己-対象」との関係だ。人間は、さまざまな「自己-対象」の能力、機能を取り込むことで複雑化し、安定した構造を獲得していく。

発展途上の自己は、「向上心(野心)」と「理想」、すなわち人生のエンジンとゴールという二極構造になっている。大人からの肯定的な反応によって、「子どもの野心は、現実的で成熟した向上心へと変化していく」。逆に共感的ではない接し方で子どもが深く傷つくと、そのトラウマが自己愛の発達にブレーキをかける。

子どもは理想化された親のイメージをもつが、親からの反応がいつも期待通りとは限らない。コフートは、そこに生まれる「適度の欲求不満」をことのほか重視する。子どもは欲求不満を感じて自分をなだめるやりかたを学び、それが自己の成熟につながるのだ。この関係は、生徒と教師、当事者と支援者などの間でも見られる。

誰もがおちいる自己愛のねじれ
gremlin/gettyimages

理想的な人間になるには、家族以外の他者と接点を持ち、「生きる上で必要な『スキル』を獲得」しなくてはならない。野心も理想もスキルも、「関係性の中でしか血肉化され得ない」とコフートも考えていたはずだ。

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要約公開日 2023.04.15
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