詭弁と論破
詭弁と論破
対立を生み出す仕組みを哲学する
NEW
詭弁と論破
出版社
朝日新聞出版

出版社ページへ

出版日
2025年04月30日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.5
応用性
3.5
要約全文を読むには
会員登録・ログインが必要です
本の購入はこちら
書籍情報を見る
本の購入はこちら
おすすめポイント

「それってあなたの感想ですよね?」

これは、「論破王」と称される「ひろゆき」こと西村博之が使用したことで流行語になったフレーズだ。彼は討論番組で活躍し、研究者や社会的な権威を持つ人々を次々に「論破」する姿で人気を博している。

「ひろゆき」の論破は、主に討論番組のショーで行われる。そこでは議論に勝つことだけが目的であり、論破のための論破が行われる。彼は相手を「嘘つくのやめてもらっていいですか?」と煽り、「『はい』か『いいえ』で答えてください」といらだたせる。エンタメとしてはそれでもいいだろう。しかし、「議論」として見たとき、その「勝ち」に果たして意味はあるだろうか。

現代社会は、「論破力」をもてはやす。ときにそれは政治すら左右する力となる。しかし、著者はこうした状況に警鐘を鳴らす。

「ひろゆき」的な言説に抵抗しようとするとき、私たちはつい、その論理の穴を突き、相手を論理で言い負かそうと考えてしまう。しかし、それでは論破を美徳とする言説は何も変わらないと著者は指摘する。それは「論破」のコミュニケーション観を再生産し、強化することにしかならないのだという。ここに詭弁に対抗する落とし穴がある。

詭弁家にならずに詭弁に対抗するにはどうすればいいか。そこで必要となるのが、参加者自身が議論の場を整える力、すなわち「社交」なのだというのが本書の主旨だ。

論破は爽快だ。しかし、そもそも私たちは議論によって何を成し遂げようとしているのかを、本書を通じて見つめ直すべきだろう。

ライター画像
千葉佳奈美

著者

戸谷洋志(とや ひろし)
1988年東京都生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。専門は哲学、倫理学。法政大学文学部哲学科を卒業し、2019年大阪大学大学院文学研究科博士後期課程修了。ハンス・ヨナスの研究で学位取得。2015年「人類の存続への責任と『神の似姿』」で涙骨賞奨励賞受賞。同年「原子力をめぐる哲学」で暁烏敏章を受賞。著書に、『Jポップで考える哲学――自分を問い直すための15曲』『ハンス・ヨナスの哲学』『ハンス・ヨナス 未来への責任――やがて来たる子どもたちのための倫理学』『スマートな悪――技術と暴力について』『未来倫理』『友情を哲学する――七人の哲学者たちの友情観』『SNSの哲学――リアルとオンラインのあいだ』『親ガチャの哲学』『哲学のはじまり』『恋愛の哲学』『悪いことはなぜ楽しいのか』『生きることは頼ること――「自己責任」から「弱い責任」へ』『メタバースの哲学』『責任と物語』など。

本書の要点

  • 要点
    1
    現代社会は「論破力」を極めて高く評価する。しかし、「論破力」を美徳とすることは、社会の分断を深め、私たちを孤立させる危険性を持つ。
  • 要点
    2
    詭弁を論理によって論破しようとすることは、詭弁による詭弁の反復にしかならない。私たちは自分自身が詭弁家にならないように抵抗する必要がある。
  • 要点
    3
    現代社会に必要なのは、相手を言い負かし、第三者に勝利をジャッジさせる「論破」ではなく、正しさを追求する建設的な議論を持続可能にする「社交」である。

要約

「論破王」という怪物

「論破」が生む孤立

「それってあなたの感想ですよね?」

このフレーズは、ベネッセホールディングスによる「小学生の流行語ランキング2022」で1位にランクインした、「ひろゆき」こと西村博之が口にするフレーズだ。「論破王」と称されるひろゆきは討論番組で相手を言い負かす姿で人気を博している。

ひろゆきにとって重要なのは、議論に勝つことだ。そのためには、あえて相手を苛立たせたり、煽ったりすることも辞さない。彼はこうした振る舞いをパフォーマンスとして行っているし、討論番組では演出として「論破」が求められている。それ自体に問題はない。問題なのはこうした「論破力」が美徳として共有されることだ。

たとえば、こんな出来事が報告されている。ある小学校で、掃除の時間にふざける児童に対し、他の児童が「ちゃんとやってよ」と注意した。すると、注意された児童は「それってあなたの感想ですよね?」と、協力を拒否した。こうした文脈の論破は「対話を切り、黙らせる言葉」として機能する。その言葉を使った児童自身が孤立することもあるという。

怪物の論破が生む怪物
akinbostanci/gettyimages

これは子供たちだけの問題ではない。世論は誰が誰を論破したのかに大きく影響され、ときにはそれが政治を動かすことさえある。論破力を美徳として高く評価することは、社会の分断をいっそう深め、私たち自身を孤立させることになるのではないか。

しかし、ひろゆき的な言説に対峙する際、根本的な困難がある。詭弁で相手を論破しようとする彼を、詭弁によって論破しようとすることは、彼の手法の反復にしかならないということだ。むしろ、それによってひろゆき的なコミュニケーション観はさらに強化されてしまう。怪物と闘う者は、自分自身が怪物と化さぬよう気をつけなければならないというのはニーチェの弁だ。私たちは、自分自身がひろゆきのような詭弁の「怪物」と化すことなく、その怪物性を制御しながら詭弁に抵抗する方法を考えなければならない。

もっと見る
この続きを見るには...
残り3946/4767文字

3,400冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2025.07.13
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.Copyright © 2025 戸谷洋志 All Rights Reserved.
本文およびデータ等の著作権を含む知的所有権は戸谷洋志、株式会社フライヤーに帰属し、事前に戸谷洋志、株式会社フライヤーへの書面による承諾を得ることなく本資料の活用、およびその複製物に修正・加工することは堅く禁じられています。また、本資料およびその複製物を送信、複製および配布・譲渡することは堅く禁じられています。
一緒に読まれている要約
戦略的ほったらかし教育
戦略的ほったらかし教育
岩田かおり
40代がうまくいく人の戦略書
40代がうまくいく人の戦略書
藤井孝一
日本経済の死角
日本経済の死角
河野龍太郎
組織と働き方の本質
組織と働き方の本質
小笹芳央
大学教授のように小説を読む方法[増補新版]
大学教授のように小説を読む方法[増補新版]
トーマス・C・フォスター矢倉尚子(訳)
なぜヒトだけが幸せになれないのか
なぜヒトだけが幸せになれないのか
小林武彦
ドラッカーに学ぶ仕事学
ドラッカーに学ぶ仕事学
佐藤等
売れる組織 売れる営業
売れる組織 売れる営業
田中大貴