日本経済の死角
日本経済の死角
収奪的システムを解き明かす
日本経済の死角
出版社
出版日
2025年02月10日
評点
総合
3.7
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

上がりつづける物価、下がらない米の値段。行列のできるお店は、目玉の飛び出るような「インバウンド」価格。最近は毎年のように賃上げされていると聞いているのに、むしろしんどさレベルが上がっている気がする。

近代日本の代表的歌人・石川啄木は、「はたらけど/はたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざり/ぢつと手を見る」と詠んだ。啄木自身のパーソナリティはさておき、この短歌からにおい立つものについて、身につまされる感覚を覚える人は少なくないだろう。

日本では2023年までの25年間で、時間あたりの生産性が3割上昇しているのにもかかわらず、実質賃金は横ばいのままであり、むしろ円安インフレで3%下がった。実質賃金が上がらないのは生産性の低さが原因ではないのだ。しかし、大企業の経営者であっても、儲けを溜めこんだまま人的資本経営に慎重な姿勢を崩さず、「生産性が上がらなければ、実質賃金を上げられない」と真顔で主張するという。

ノーベル経済学賞を受賞したアセモグルとロビンソンのベストセラー、『国家はなぜ衰退するのか』で描かれている収奪的社会は、日本にも当てはまっているのではないか。だから長期停滞から抜け出せないのではないか。イノベーションの本質は収奪的であることを忘れていないか。そうした著者の関心にもとづいて論じられる本書の内容は、日本に生きるすべての労働者が知っていなくてはならない。私たちは、ただ奪われるだけでよいのだろうか。

著者

河野龍太郎(こうの りゅうたろう)
1964年生まれ。87年、横浜国立大学経済学部卒業、住友銀行(現三井住友銀行)入行。89年、大和投資顧問(現三井住友DSアセットマネジメント)へ移籍。97年、第一生命経済研究所へ移籍、上席主任研究員。2000年、BNPパリバ証券株式会社経済調査本部長・チーフエコノミスト、2023年より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員を兼務。日経ヴェリタス『債券・為替アナリストエコノミスト人気調査』で、2024年までに11回の首位に。日本経済研究センターのESPフォーキャスト調査で2023年までに7回、総合成績優秀フォーキャスター(予測的中率の高かった5名)に選出される。著書に『成長の臨界』、『グローバルインフレーションの深層』(共に慶應義塾大学出版会)、共著に『金融緩和の罠』(集英社)、共訳にアラン・ブラインダー『金融政策の理論と実践』(東洋経済新報社)等。

本書の要点

  • 要点
    1
    日本では、生産性が向上しているのにもかかわらず実質賃金への反映がまったくなされておらず、「家計が収奪されている」。
  • 要点
    2
    日本の産業界は、長期雇用制維持のために非正規雇用に依存するようになり、「収奪的な『二重労働市場制』を生み出した」。
  • 要点
    3
    団塊世代の延長雇用、細切れな時間の女性の労働参加が促進されたことで、人手不足社会の影響が出るのが遅れ、残業規制の広がりが労働供給を頭打ちにしたことは、日銀の誤算であった。
  • 要点
    4
    野生的なイノベーションという存在は、適切なコントロールを失うと収奪的となってしまうことを忘れてはならない。

要約

【必読ポイント!】 生産性が上がっても実質賃金が上がらない理由

収奪的経済システムへの転落
cienpies/gettyimages

継続的な成長率の向上には潜在成長率の引き上げが必要だが、「需要の前倒し」である金融政策、「所得の前借り」である財政政策の効果は一時的である。したがって、「拡張財政や金融緩和の不足が長期停滞の原因ではない」と多くのエコノミストは考える。

人口減少の影響以外で、著者が考える日本の長期停滞の理由は、たとえば次の2つである。大企業が儲けを溜めこみ、賃上げや人的投資が長期にわたっておろそかとなっていること、そして、社会情勢と連動した家計のリスクに応じられる社会保障制度へのアップグレードを政府が怠っていることだ。

成長戦略よりも所得再分配が優先と考えるのは、生産性はこの四半世紀で30%の上昇率を見せているにもかかわらず、実質賃金はむしろ3%減少しているからである。最近の春闘での賃上げ幅も物価高には追いついていない。

生産性の上昇率について日本よりやや劣後にあるフランスやドイツでも、実質賃金は上がっている。これらの国では、資本収益率を上回る企業付加価値を労働者にも分配する、レント・シェアリングという慣行が根づいているからだ。

日本では実質賃金への反映がまったくなされておらず、「家計が収奪されている」のである。

2024年のノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン、サイモン・ジョンソンの論考はこの問題を解くヒントになる。アセモグルとロビンソンのベストセラー、『国家はなぜ衰退するのか』では、衰退する国家は一部のエリートが富を独占する収奪的な制度をもつとする。自由競争と技術革新が広く奨励されてきた包摂的な制度のもとにあったはずの米国でも、イノベーションの果実である富が一部の人に集中し、金権政治の温床となっている。日本も、そのような収奪的社会へと足を踏み入れているのではないだろうか。

守りの経営の恒常化

借入をしながら投資主体になるべき企業が、1998年以降一貫して、借金を返済しつづける貯蓄主体のままである。バブル期の過剰投資などによる債務を返済するために、事業会社はコストカットによってバランスシートの健全化を進めた。そうして財務基盤を強化するのは至極まっとうなことだが、設備投資や人材育成などの前向きな行動が抑制されたままでは、「家計の貯蓄を企業の投資で吸収すること」ができない。そうしてマクロ経済が縮小均衡に至ることを「合成の誤謬」という。

不良債権問題が終息してもなお、大企業は財政基盤の強化を進め、賃上げをはじめとする支出の抑制という筋肉質な施策を続けた。リーマンショックに端を発する金融危機では輸出も急激に減少し、一部では倒産リスクにも直面した。このときの経験により、利益剰余金を積み上げる動きを加速した。その後も日本は多くの金融危機に見舞われ、攻めの経営を志す経営者は引責辞任を余儀なくされた。

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要約公開日 2025.07.05
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