なぜヒトだけが幸せになれないのかの表紙

なぜヒトだけが幸せになれないのか


本書の要点

  • 生きものは寿命を全うできないことがもっとも不幸である。したがって、「死からの距離が保てている状態」を「幸せ」と定義する。

  • ヒトはどこまでもベターなものを求め、そこに幸せを見つける。このベター志向は、生物学的に本能といえる。

  • 社会性の生きものであるヒトは、生存本能だけでなく、コミュニティを構築し、そこに貢献することが、死からの距離を保つために重要となった。

  • ヒトは原始以前の遺伝子のまま現代を生きているが、急速なテクノロジーの飛躍的な進歩によって「遺伝子と環境の不適合」が生じている。それによって幸福感を得にくくなっている。

1 / 4

生物の「幸せ」とは何か

進化の面から見えるもの

Aonip/gettyimages

生きものは寿命を全うできないことがもっとも不幸である。したがって著者は、「死からの距離が保てている状態」を生物学的な「幸せ」と定義する。

この距離を増大させるのは、生存本能と生殖本能だ。それは、子孫を残すことが「目的」であるということを意味しない。生物は変化と選択の連続において偶然誕生したにすぎず、現在存在する個体は、「その祖先の全てが生き、そして生殖に成功したから」存在している。死ぬことも、ほかの個体が生き延びて進化するための「原動力」となってきた。それゆえ、生存本能と生殖本能こそが、生物の生きるモチベーション、「幸せ」を支えるものなのである。

ここで生存本能とは、「誰からも教わらずに生きるためにとる必須の行動」を指す。進化の過程で、生き残ろうとする性質の強いものが選択され遺伝子に刻みこまれた。多様な生物に共通しているのは、「生きるために食うこと(エネルギーを得ること)」と「他の動物から食われないこと(危険から遠ざかること)」である。これに向けた行動、形態、性質の変化が、「死からの距離」を大きくする。

一方で生殖本能は、個体でみると、生きるために必須のものではない。ただ、これがなければ、結果としての生命の連続性の維持にはつながらなかった。すなわち、「『種』としての次世代の生き残り」を支えるものなのだ。

この2つの本能は密接に関係している。ヒト以外の野生の哺乳動物に老後はなく、生殖・子育てができるうちは死なないようにできている。生殖・子育て期間の親の命は、「進化できっちり守られている『死からの免罪符』」といえよう。私たちヒトも、孫の子育てサポート期間にあたる50代までは「がん」になることもほとんどない。70代でも孫の世話をしている人はいるが、それが長寿化の原因になっているともいわれている。ほかにもこのような例はたくさんある。

したがって生物が生きているのは、生存本能と生殖本能に根ざした「幸せ」がそこにある、すなわち「『死からの距離』が保てているから」なのだ。

2 / 4

ヒトの「幸せ」とは?

めんどうくさい、ヒトの「幸せ」

ヒトの場合、「死からの距離」という観点で見た「幸せ」のあり方は少し複雑になる。

ヒトの身体的な「幸せ」を最大化するためには、寝食をしっかりとるなどの健康的な生活を送ることが当たり前の手段だ。それが災害などでできなくなってしまった途端、死からの距離が一気に縮まる。ただ、現代の先進国に暮らす多くのヒトは、必要最小限の衣食住にとどまらず、より美味しい食事、清潔感のあるふかふかのベッド、プライバシーの守れるトイレといった快適さがないと満足できない。どこまでも「ベター(better)」なものを求め、そこに幸せを見つける。

このベター志向は、生物学的に本能といえる。食べること自体は「幸せ」であり、より美味しいものを食べれば快楽も高まる。快楽は脳内の報酬系の神経伝達物質の分泌を増やし、食へのモチベーションを掻きたて、生存本能を実行するうえでのサポーターとなるのだ。

しかし、「『幸せ』の本質は食べて栄養を得ること」なのに、知性と創造性を手にしたヒトは、快楽中毒になってしまう。現状に飽き足らなくなり、快楽に対するハードルを上げて「幸せ」を減らすことになる。これは、より便利なものを求めるテクノロジーとの向き合い方にもいえる。土木工事のために発明されたダイナマイトが戦争に使われるようになったように、道具の使い方は遺伝子に刻まれておらず、勝手にアレンジしてしまう。

ベター志向の光と影

Betul Aktas/gettyimages

ほかの動物よりも身体能力の点では優れていないヒトは、集団の結束力とテクノロジー、すなわち協調性やコミュ力、技術力といった「安全と食べ物を獲得できる『術』」を持つ者が選択的に生き残ってきた。そして、五感、特に視覚と味覚に優れており、聴覚の聞き分け能力や手先の触覚も抜群だ。この「違いのわかる能力」がベターなものを生み出してきたのである。

社会性の強いヒトは集団でしか生きられない。集団内での自身の評価や貢献度、それにもとづく「分け前」を気にする。その貢献度に応じた公平な分配は、「社会性の動物であるヒトの生きるモチベーション、つまり『幸せ』を達成するための必須な要素になってきた」。だからこそ、他人の取り分との相対的な評価に非常に敏感になった。ほかの動物にとってはどうでもいいような微々たる差を気にして、少しでも多くの分け前を得ようとしてきた。

したがって、集団のなかで周囲より少しでも評価が高く、そこにポジショニングできていることが「幸せ」になる重要な手段となった。逆に、相対的な正当な評価が得にくい、また比べる相手が多すぎる現代人は「幸せ」な状態になりにくいのだ。

3 / 4

【必読ポイント!】 遺伝子に刻まれた「幸せ」

成長を目指す遺伝子

以上でみてきたように、社会性の生きものであるヒトは、生存本能だけでなく、コミュニティ(共同体)を構築し、そこに貢献することが、死からの距離を保つために重要となった。

集団内での相対評価を上げ、集団に適応するために、ヒトは次の3つを行なう。

もっと見る
この続きを見るには...
残り2309/4411文字

4,000冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2025.06.28
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.Copyright © 2025 小林武彦 All Rights Reserved. 本文およびデータ等の著作権を含む知的所有権は小林武彦、株式会社フライヤーに帰属し、事前に小林武彦、株式会社フライヤーへの書面による承諾を得ることなく本資料の活用、およびその複製物に修正・加工することは堅く禁じられています。また、本資料およびその複製物を送信、複製および配布・譲渡することは堅く禁じられています。

一緒に読まれている要約

大学教授のように小説を読む方法[増補新版]
大学教授のように小説を読む方法[増補新版]
トーマス・C・フォスター矢倉尚子(訳)
「科学的に正しい」とは何か
「科学的に正しい」とは何か
高崎拓哉(訳)リー・マッキンタイア網谷祐一(監訳)
日本経済の死角
日本経済の死角
河野龍太郎
PLURALITY
PLURALITY
オードリー・タンE・グレン・ワイル山形浩生 (訳)鈴木健(解説)
庭の話
庭の話
宇野常寛
株の爆益につなげる「暴落大全」
株の爆益につなげる「暴落大全」
はっしゃん
孤独に生きよ
孤独に生きよ
田中慎弥
詭弁と論破
詭弁と論破
戸谷洋志

同じカテゴリーの要約

壁打ちは最強の思考術である
壁打ちは最強の思考術である
伊藤羊一
しんどい世の中でどうすれば幸せになれますか?
しんどい世の中でどうすれば幸せになれますか?
橘玲樺山美夏
とりあえずやってみる技術
とりあえずやってみる技術
堀田秀吾
無料
肩書がなくても選ばれる人になる
肩書がなくても選ばれる人になる
有川真由美
子どもが本当に思っていること
子どもが本当に思っていること
精神科医さわ
忘我思考
忘我思考
伊藤東凌
ハーバード、スタンフォード、オックスフォード… 科学的に証明された すごい習慣大百科
ハーバード、スタンフォード、オックスフォード… 科学的に証明された すごい習慣大百科
堀田秀吾
ハーバードの心理学講義
ハーバードの心理学講義
ブライアン・R・リトル児島修(訳)
なぜあの人は同じミスを何度もするのか
なぜあの人は同じミスを何度もするのか
榎本博明
1つの習慣
1つの習慣
横山直宏