ほんとうの会議
ほんとうの会議
ネガティブ・ケイパビリティ実践法
NEW
ほんとうの会議
出版社
出版日
2025年03月20日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

部門横断のミーティングが“発表会”で終わり、決定も責任も曖昧なまま先送り――そんな閉塞感に覚えがあるなら、会議全体を根底から組み替える羅針盤になるかもしれない一冊である。

本書の最初の舞台は、ギャンブル依存からの回復を支える自助グループだ。そこでは評価や結論を禁じ、参加者全員が本名さえ脱ぎ捨てて語り合う。驚くのは、たったそれだけで互いの鎧がはがれ、主体性と信頼が連鎖的に立ち上がる点だ。沈黙を恐れず「わからなさ」にとどまるネガティブ・ケイパビリティが、人を動かす真のエネルギーを呼び込むのである。

さらに著者は、これにフィンランド発のオープン・ダイアローグを重ねる。危機に陥った当事者の“現場”で、専門家も家族もフラットに対話を継続する7本柱――即時対応、ネットワーク視点、柔軟性、共同責任、思考の流れを切らない態度、不確実性への耐性、そして対話中心主義。ここには心理的安全性や、役割にもとづいて上下関係をなくした組織運営に通じる実践知が詰まっている。

メンバーの経験を等価に扱い、結論を急がず、対話の過程そのものを価値と見なす。ビジネスの現場に置き換えれば、新規事業会議、M&A後の統合作業、リーダーシップ開発など、あらゆる場で応用可能だ。数字と根拠で武装した議論が行き詰まったとき、必要なのは“もっと正しい答え”ではなく、“答えが生まれる場”のアップデートだということを、本書は静かに、しかし強烈に教えてくれる。

著者

帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)
1947年、福岡県生まれ。作家、精神科医、医学博士。東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。93年に『三たびの海峡』で吉川英治文学新人賞、95年に『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、97年に『逃亡』で柴田錬三郎賞、2010年に『水神』で新田次郎文学賞、11年に『ソルハ』で小学館児童出版文化賞、12年に『蠅の帝国』『蛍の航跡』の「軍医たちの黙示録」二部作で日本医療小説大賞、13年に『日御子』で歴史時代作家クラブ賞作品賞、18年に『守教』で吉川英治文学賞および中山義秀文学賞を受賞。小説以外にも、17年に刊行された『ネガティブ・ケイパビリティ――答えの出ない事態に耐える力』が大きな反響を呼ぶ。

本書の要点

  • 要点
    1
    ギャンブル依存は金と信頼を奪い、犯罪・家庭崩壊を招く難治の病だ。特効薬はないが、当事者同士が匿名で語り合うことが救いになる。批判なしの対話が「嘘・孤立・金だけ思考」を溶かし、賭けない一日を積み上げる力を生む。
  • 要点
    2
    オープン・ダイアローグは、当事者のそばに居続け、助けを求めた瞬間に応じる対話型の支援だ。肩書きを外した参加者全員の自由な語りが、回復への糸口をともに見つけ出すことに繋がるのである。
  • 要点
    3
    緩和ケアの現場では、「正しさ」を目指すことが、かえって治療に関わる人たちを傷つける暴力となることがある。正否を急がず、終わりなき対話に身を置くことこそ思考と癒しを育む。

要約

ギャンブル脳を回復させるミーティング

ギャンブル脳とは

ギャンブル症が奪うのは金だけではない。賭けるたびに理性のブレーキが摩耗し、嘘と借金が日常になる。家庭では口論が暴力に転じ、家族の金にも手をつけてしまう。職場での横領や詐欺や、凶悪犯罪への加担など、ギャンブル症が犯罪につながることも少なくない。

ギャンブル症に特効薬は存在しない。ギャンブル症者は、自分の病気が見えない、他人の助言を聞かない、自分の考えを言わないという「見ザル・聞かザル・言わザル」の「3ザル状態」になっている。加えて、「自分だけよければいい、金だけあればいい、今だけよければいい」という「3だけ主義」にもなっている。こうなると、説得もカウンセリングも無意味だ。

行き場を失った彼らを引き上げる唯一の糸が自助グループだ。ギャンブル症者の自助グループの代表であるギャンブラーズ・アノニマス(GA)の集会では、本名や肩書きを捨てた「アノニマス・ネーム」で、言いっ放し・聞きっ放しの対話が重ねられる。討論も結論も要らない――ただ同じ痛みを持つ者同士が「答えの出ない事態に耐える力」を発揮し、お互いの「賭けずにすんだ日々」を讃え合う。そんな対話が「3ザル状態」と「3だけ主義」の思考をほぐしていく。脳に巣食った“賭ける回路”を再配線できる場所は、医療でも司法でもなく、このミーティングしかないのである。

自助グループの独特なミーティング
luza studios/gettyimages

ギャンブラーズ・アノニマス(GA)は1957年9月13日、ロサンゼルスで“賭けずに生きる”ことを誓った当事者2人の出会いから始まった。

日本上陸はその32年後の1989年11月5日だ。横浜に13人が集った小さな輪は、その2週間後に原宿へも広がり、以来少しずつ全国に根を張ってきた。とはいえ現在も空白県はある。行政の後押しも、精神科医の関心も薄い土地では、当事者が歩いて行ける「居場所」が生まれにくい。だが痛みを自ら知る仲間同士の対話は、専門職の助言よりも深く届くことがある。それがGAの強みだ。

GAは国内におよそ230グループあり、多くの人は週1回か2回、輪になって会議室に腰掛ける。上座も下座もなく、進行役は持ち回り。本名は捨て「新大阪」「一心」などのアノニマス・ネームで自己紹介するため、肩書き・年齢・負債額といった「外側」の情報は一切リセットされる。

最初に皆でテキストを読み合わせ、GAの理念と「ギャンブル症は進行性の病気で放置すれば悪化する」という事実を再確認。そのうえで約90分、言いっ放し・聞きっ放しの語り合いが続く。批判も助言も封印し、結論を出すこともない。ただ耳を澄ます時間が、壊れた自制心の再構築を静かに後押しする。

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要約公開日 2025.07.21
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