ギャンブル症が奪うのは金だけではない。賭けるたびに理性のブレーキが摩耗し、嘘と借金が日常になる。家庭では口論が暴力に転じ、家族の金にも手をつけてしまう。職場での横領や詐欺や、凶悪犯罪への加担など、ギャンブル症が犯罪につながることも少なくない。
ギャンブル症に特効薬は存在しない。ギャンブル症者は、自分の病気が見えない、他人の助言を聞かない、自分の考えを言わないという「見ザル・聞かザル・言わザル」の「3ザル状態」になっている。加えて、「自分だけよければいい、金だけあればいい、今だけよければいい」という「3だけ主義」にもなっている。こうなると、説得もカウンセリングも無意味だ。
行き場を失った彼らを引き上げる唯一の糸が自助グループだ。ギャンブル症者の自助グループの代表であるギャンブラーズ・アノニマス(GA)の集会では、本名や肩書きを捨てた「アノニマス・ネーム」で、言いっ放し・聞きっ放しの対話が重ねられる。討論も結論も要らない――ただ同じ痛みを持つ者同士が「答えの出ない事態に耐える力」を発揮し、お互いの「賭けずにすんだ日々」を讃え合う。そんな対話が「3ザル状態」と「3だけ主義」の思考をほぐしていく。脳に巣食った“賭ける回路”を再配線できる場所は、医療でも司法でもなく、このミーティングしかないのである。
ギャンブラーズ・アノニマス(GA)は1957年9月13日、ロサンゼルスで“賭けずに生きる”ことを誓った当事者2人の出会いから始まった。
日本上陸はその32年後の1989年11月5日だ。横浜に13人が集った小さな輪は、その2週間後に原宿へも広がり、以来少しずつ全国に根を張ってきた。とはいえ現在も空白県はある。行政の後押しも、精神科医の関心も薄い土地では、当事者が歩いて行ける「居場所」が生まれにくい。だが痛みを自ら知る仲間同士の対話は、専門職の助言よりも深く届くことがある。それがGAの強みだ。
GAは国内におよそ230グループあり、多くの人は週1回か2回、輪になって会議室に腰掛ける。上座も下座もなく、進行役は持ち回り。本名は捨て「新大阪」「一心」などのアノニマス・ネームで自己紹介するため、肩書き・年齢・負債額といった「外側」の情報は一切リセットされる。
最初に皆でテキストを読み合わせ、GAの理念と「ギャンブル症は進行性の病気で放置すれば悪化する」という事実を再確認。そのうえで約90分、言いっ放し・聞きっ放しの語り合いが続く。批判も助言も封印し、結論を出すこともない。ただ耳を澄ます時間が、壊れた自制心の再構築を静かに後押しする。
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