西洋近代の罪
西洋近代の罪
自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのか
NEW
西洋近代の罪
出版社
朝日新聞出版

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出版日
2025年04月30日
評点
総合
3.8
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

世界の歴史は、人々の自由が拡大し、様々な権利が保障されるようになっていき、民主主義が拡大する方向に進んできたとイメージされている。大きな戦争の犠牲や、ジェノサイドへの反省から、外交問題を解決するための暴力行使は避けられるようになり、人種などの属性に基づく差別的な言動は明白に批難されるべきものと考えられるようになったはずだった。

しかし、現在の世界は、正反対の方向へと進展しているように感じられる。ロシアや中国といった権威主義国家の影響力が高まるだけでなく、アメリカのトランプ大統領再選に見られるように、かつての西側諸国でも権威主義的な傾向が強まっている。差別的な言動が公然となされるようになり、戦争における暴力も収まる気配がない。

こういった事態に対して、これまでも膨大な論考を重ねてきた著者が分析を行ったのが本書である。現状に対して、自由や民主主義、人権を守れとだけ主張することは容易い。それ以上に、なぜこのような事態が生じているのか、歴史と思想を振り返りつつ、根本的に問い直すことが重要である。

それは特に、敗戦をきっかけとして戦前の価値観を逆転させ、自由や民主主義、人権といった西洋の近代的な価値観を受け入れてきた戦後の日本人にとっても、必要とされることだ。本書では、日本人が「敗戦のトラウマ」を本当の意味で乗り越えるために必要となることが、歴史と思想、小説やアニメ作品の分析を通して論じられている。その主張は、これからの日本のあり方を考えるうえでも、示唆を与えるものとなるだろう。

ライター画像
大賀祐樹

著者

大澤真幸(おおさわ まさち)
1958年長野県生まれ。社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。2007年『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞、2015年『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞。近著に「〈世界史〉の哲学」シリーズ、『新世紀のコミュニズムへ』『この世界の問い方』『資本主義の〈その先〉へ』『私の先生』『我々の死者と未来の他者』『逆説の古典』など。

本書の要点

  • 要点
    1
    民主主義は人々の間に価値が共有されていなければ困難だが、貨幣はどんな文化でも受け入れられるため、資本主義は必ずしも民主主義を必要としていない。現代では中国の権威主義と上手く結びつつあり、民主主義と資本主義は離婚の危機を迎えている。
  • 要点
    2
    日本人は敗戦後に自分たちを善意の犠牲者として認識し、戦前を上手く否定できなかった。西洋近代の過ちの帰結であるガザ戦争の仲介を担うことで、日本人は本当の意味で戦後を克服できる。

要約

民主主義と資本主義、離婚の危機

資本主義のベストパートナーとは
wildpixel/gettyimages

現在、世界では民主主義と権威主義が対立しているとされている。20世紀末の冷戦終結によって、自由民主主義が勝利し、中東欧やアラブ諸国のようにこれまで十分に民主化されていなかった地域が民主化されていく方向に、歴史が進展すると思われていた。しかし、ここ10年ほどの間、世界中で民主主義が進展するどころか、トランプ大統領の登場に見られるように、西側諸国の間でも権威主義的な右派のポピュリズムが台頭している。20世紀末に勝利したとされる民主主義は、現在、むしろ劣勢にあり危機を迎えている。なぜ、そのような事態が生じるのだろうか。

政治における民主主義と、経済における資本主義は、車の両輪のような関係であると、長い間信じられてきた。なぜ、そうなるのだろうか。選挙には偶然性の要素もあり、その結果は、多くの人にとって自分が望んでいたことと合致しない。それでも人々が選挙の結果に従うのは、投票者たちが、自分と敵対する者も基本的な価値について合意していると考えているからだ。それは、「私のことをも配慮した上で私とは異なる意見をもっているのだ」という基本的な信念である。この暗黙の合意が、市場競争のように人民の意思を決定する選挙を可能にしている。だからこそ、民主主義と資本主義は相性の良い夫婦のような存在となった。

しかし、この夫婦の間に亀裂が入りはじめ、離婚の危機がささやかれている。「別れ話は資本主義の方から切り出される」。政治システムは文化的な要因に強く規定されるため、国民の間に自由民主主義の価値観が深く浸透していなければその体制は維持できない。一方、資本主義の市場経済は、マルクスが「物神」と呼ぶ貨幣の力によっていかなる文化にも適合し、「どのような文化的背景をもつ者も、貨幣を受け入れる」。それに、伝統的な価値観・人間関係は、資本主義の浸透を困難にすると考えられてきたが、逆に、家族や共同体などに重い価値を配分するそれらが残存しているからこそ、人々は、個人だけでは耐え抜けないような「市場経済や資本主義の過酷さを受け入れ、またそれらに適応することができるのだ」。

これまでは、権威主義が資本主義と結合しても、経済的に上手くいかなかった。しかし、21世紀に入ってからの中国で、資本主義が権威主義と幸せな結婚生活を送り始めたように見える。あらゆる権威主義が資本主義の成功をもたらすわけではないが、中華帝国の伝統に根ざした権威主義が、とりわけ現代のグローバル資本主義に適合的だったのだ。

権威主義的資本主義
William_Potter/gettyimages

現代の中国は、冷戦時に対立していた両陣営の「いいとこどり」ではなく「悪いとこどり」をしているかのように見える。資本主義陣営からの攻撃的な利己主義と、社会主義陣営からの硬直した官僚制を合成すると、「活動的な権威主義的資本主義が生まれた」かのように思えるのだ。

資本主義の優位性のみなもとは自由にあり、その強みを活かせるのは民主主義的な政治体制だけだと考えられてきた。冷戦中の東側の人々にとって、西側の自由は魅力的なものに見えていた。しかし、中国では経済活動の自由が制限されている一方で、人々は西側諸国の人々の自由を、「それほど羨ましいと感じてはいないように見える」。

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要約公開日 2025.08.09
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