ニック・ランドと新反動主義

現代世界を覆う〈ダーク〉な思想
未読
ニック・ランドと新反動主義
ニック・ランドと新反動主義
現代世界を覆う〈ダーク〉な思想
未読
ニック・ランドと新反動主義
出版社
出版日
2019年05月24日
評点
総合
3.8
明瞭性
3.5
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

「光」が強ければ強いほど、「暗黒」の闇もまた強くなる。近代の「啓蒙」に対して反発する思想は、すでに啓蒙の時代から「ロマン主義」として形成されていた。ニーチェやポストモダンの思想も、啓蒙に反発する思想の系譜に連なる。

本書で紹介される「新反動主義」もまた反啓蒙の思想といえるが、従来のものと異なるのは「加速主義」という方法論に依拠する点であろう。本書で取り上げられる主要な人物のうち、ピーター・ティールとカーティス・ヤーヴィンは、ともにシリコンバレーの実業家だ。彼らは資本主義を乗り越えるうえで、かつての共産主義やポストモダンのように、資本主義との対決を想定しない。むしろ資本主義のさらなる「加速」によって、資本主義は崩壊すると考える。本書のタイトルにもなっている哲学者ニック・ランドは、この領域において大きな影響力をもっており、加速主義を語るうえで外せない人物といえる。

新反動主義は、現代のオルタナ右翼にも影響を与えているとされる。日本の「ネトウヨ」も含めて、近代の理想への失望と反発が伝統への回帰ではなく、加速という形で現れているとするならば、きわめて興味深い現象だ。

アカデミズムの世界に収まらない最新の思想を追いつつも、この新たな思想に肩入れしすぎることなく、冷静な分析がなされている点には好感がもてる。新たな世界に触れることができる一冊だ。

ライター画像
大賀祐樹

著者

木澤 佐登志 (きざわ さとし)
1988年生まれ。思想、インターネット文化、ポップカルチャー、アングラカルチャーなどを領域横断的に渉猟し、執筆をおこなう。その知見を結実させた初の単著『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』(イースト・プレス)は多方面で話題を集めた。ほか、『現代思想』、『現代ビジネス』、『Merca』、『シックスサマナ』(kzwmn名義)などに寄稿。ブログ「Mal d’archive」。Twitter ID: @euthanasia_02

本書の要点

  • 要点
    1
    「暗黒啓蒙」と名付けられたインターネット上のコミュニティがある。彼らは近代的な進歩主義や民主主義に反発している。
  • 要点
    2
    ペイパルの創業者ピーター・ティールは、競争からの「イグジット」による新世界の開拓と独占を目指した。
  • 要点
    3
    自由と民主主義に対して懐疑的なティールの思想は、哲学者ニック・ランドに受け継がれた。そしてそれはカール・ヤーヴィンの「新官房学」を取り込み、「新反動主義」として結実した。
  • 要点
    4
    資本主義と対峙するのではなく、資本とテクノロジーの加速が引き起こすシンギュラリティによって資本主義を乗り越える――それが「加速主義」である。

要約

新反動主義とはなにか

進歩主義、民主主義という欺瞞
AlxeyPnferov/gettyimages

あるオンライン掲示板に、「ダーク・エンライトメント(暗黒啓蒙)」というコミュニティが存在する。このコミュニティは「平等主義という進歩的な宗教から生じた近代世界の醜悪な状況について議論するための場所」だ。メンバーが共有するのは、「現代の世俗的な進歩主義はピューリタン的カルヴァン主義の末裔であり、政治家、ジャーナリズム、教育機関などを通じて社会に影響力を行使している」とする思想である。彼らにとって、「社会正義」や「平等主義」は進歩主義という名の宗教が生み出した欺瞞(ぎまん)にすぎない。だから彼らは、民主主義という名の大衆迎合的なシステムおよびイデオロギーを否定する。そして企業的な競争理念によって運営された小都市国家の乱立する政治システムこそが最善だと主張するのだ。

このような思想は「新反動主義」と呼ばれている。代表的な支持者としては、ドナルド・トランプ大統領の元側近スティーブ・バノンなどが挙げられ、オルタナ右翼と呼ばれる思想にも少なからず影響を与えている。

本書ではこうした思想の形成に寄与したと思われるピーター・ティール、カーティス・ヤーヴィン、ニック・ランドの3人にフォーカスを当てることで、新反動主義のエッセンスを取り出す。

新反動主義のルーツとしてのピーター・ティール

『主権ある個人』

世界最大のオンライン決済サービス・ペイパルの共同創業者ピーター・ティールは、いくつもの顔を併せ持っている。彼は投資家であり、ドナルド・トランプの熱烈な支持者であり、新反動主義に霊感を与えた異端的リバタリアンでもある。

ティールが電子決済サービスに目をつけた背景には、彼が生涯の愛読書として挙げている『主権ある個人』の存在がある。同書の主張を一言で要約すれば、「国民国家は時代遅れなのでやがて崩壊するだろう」ということだ。サイバースペースの拡大や暗号化技術と電子マネーの登場によって、中央銀行は通貨発行益を失い、政府は課税できなくなる。すると政府のシステムが機能しなくなり、民主主義の崩壊と福祉制度の解体が起き、富の不平等が加速する。そして暴力とテロが都市を覆うポスト・アポカリプス的な状況が生まれる。そのとき現れるのが、国家の制約から解き放たれても、富と権力によってサヴァイブできる、ニーチェの「超人」の起業家版としての「主権ある個人」というわけだ。

「競争」ではなく「独占」を
natasaadzic/gettyimages

ティールを一般的なリバタリアンから隔てるのは「競争」の忌避である。彼は学部生時代、フランスの哲学者ルネ・ジラールから教えを受けていた。ジラールの思想に忠実なティールは、競争と暴力が支配するフィールドには可能性が残されていないと考えている。だから未知の領域を開拓し、新天地を支配して「独占」することを重視する。

『主権ある個人』で予言された暗号通貨は、ブロックチェーンと暗号通貨の技術を発明した正体不明の人物、サトシ・ナカモトの貢献によって現実化された。ティールもまた、ペイパルによって『主権ある個人』に描かれたビジョンの実現を目指し、主権ある個人と自身を重ね合わせていたのではないだろうか。

近代西洋からの「イグジット」

ティールにとって一貫して重要な概念が「脱出」、すなわち「イグジット」だ。彼の目的は、国家や政治、競争からの「イグジット」によって、新世界の空白地帯に王国を築き上げることにあった。

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要約公開日 2019.08.02
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