『ドラえもん』のストーリーには、必ずといっていいほど「ひみつ道具」が登場する。そして、ひみつ道具には、常に何らかのメッセージが込められている。
たとえば、「かならず当たる手相セット」の場合はどうか。はじめは手相がぴったり当たるが、そのうちハズレばかりになる。のび太は「手相なんか気にしているときりがない。ぼくなりに、がんばるよ」と宣言し、ドラえもんから「えらい! のび太くん」と激励される。
ひみつ道具は、はじめのうちはうまく機能し、あらゆる問題を解決して、のび太に期待を抱かせる。しかし最後には、それでは根本的な問題解決にならないという結果で終わる。ドラえもんにおけるひみつ道具の基本的スタンスは、「ひみつ道具に頼らないで自力で問題を解決することがベスト」なのである。
読者は、のび太がドラえもんやひみつ道具に頼っている場面に注目しがちだ。しかし、どの作品でも、のび太は必ず自分で試行錯誤しながら問題に取り組んでいる。のび太にとってひみつ道具とは、あくまでも「自分の長所・優しさ」を引き出し、背中を押してくれる、きっかけのような存在なのである。
マンガ『ドラえもん(てんとう虫コミックス)』シリーズの全45巻は、823作品で構成されている。掲載作品は、著者の藤子・F・不二雄先生が創作した1346作から、先生自らがセレクトしたものだ。これらの作品に登場するのび太の主なトラブルは582作品。トラブルをカテゴライズしてみると次の7つに分けられる。友人関係(237作品)、のび太本人(110作品)、家庭(76作品)、学校(56作品)、恋愛(44作品)、遊び・運動(34作品)、金銭(25作品)である。
中でも友人関係のトラブルはダントツのトップで、約4割を占める。ジャイアンの暴力やスネ夫による仲間はずれが中心である。トラブルに遭ったのび太が「ドラえも〜ん」と泣き叫びながら、ドラえもんやひみつ道具に助けを求めるシーンは69回にも及ぶ。
『ドラえもん』の作品は、パワハラなどのいじめ、不登校、自殺志願、環境問題など、現代社会が抱える様々な問題をカバーしている。本書では主に、のび太の行動や思考から導ける、上手に生きるための「のび太メソッド」を紹介している。
のび太は、苦手なことを先延ばしにする癖がある。しかし最終的には、目の前の問題を解決するべく行動を起こし、乗り越える。のび太を行動に駆り立てる原動力は何だろうか。著者はそれが「成功体験」であると考える。のび太は、ひみつ道具を使って苦手な問題を克服した経験がたくさんあり、その都度、爽快感や達成感を体験している。
たとえば、走ることが苦手なのび太に、ドラえもんはひみつ道具「未来のルームマラソン」を出す。この道具の上で走ると、実際に走っただけ景色が変わり、壁をすり抜けることもできる。のび太は東京から九州まで走ってみたいと思うようになった。そこで速さを100倍にし、のび太はジェット機並みの速さで走って九州に到着することができた。のび太は「くたくただけど気もちのいいつかれだ。走ることに自信がもてたよ」とドラえもんに感謝をした。(『ドラえもん(18)』、「のび太が九州まで走った!!」より)
スポーツや仕事に対して苦手意識があると、克服するエネルギーはなかなか湧いてこない。しかし、思いがけずスムーズに物事が進んだり、勝利したりする成功体験によって、簡単にハードルを超えられる瞬間がある。のび太が「気持ちのいい疲れ」を経験して「自信が持てた」ように、達成感や爽快感を体感することで、苦手意識を克服することができるのだ。
よかれと思ってとった行動が裏目に出てしまうことは誰しもある。そんなときは、「こんなことなら最初からやらなければよかった」と思ってしまう。しかし『ドラえもん』では、後悔するような行動でも、やらないよりやる方がまし、というメッセージが込められている作品が多い。
ある日、のび太はシャーロック・ホームズの作品を読んで大いに感激する。そこでドラえもんに、名探偵になるひみつ道具「ホームズ・セット」を出してもらう。のび太は、大事なものをなくして困っているしずちゃん(漫画ではしずかちゃんをしずちゃんとしている)を助けようと、「ホームズ・セット」を使用。推理の結果、犯人はのび太であると指摘される始末だった。この後もいいことは一つもなく、のび太は「探偵ごっこはもうこりごりだよ」と言うのであった。(『ドラえもん(3)』、「シャーロック・ホームズセット」より)
実はこの大失敗に終わったドタバタコメディーにも、成功の秘訣が隠されている。のび太は、ひみつ道具を使って探偵になってみたからこそ、自分が探偵に不向きだと気づいたのだ。もし何の行動も起こさなかったら、それすらわからなかっただろう。あれこれ考えずに即行動するスピード感も、夢を叶える必須条件なのである。
誰かを「うらやましい」と思うことは多々ある。のび太がスネ夫の持ち物に対して「うらやましい」と思うシーンは、短編だけで20回以上も登場する。結局ドラえもんに泣きつくケースがほとんどだが、そこに夢を叶えるヒントが隠されている。
あるときのび太は、正月からコツコツ鉄道模型を作っていたが、スネ夫はその10倍もの大きさの模型を持っていた。悔しく思ったのび太は、ドラえもんにひみつ道具「ポップ地下室」と「フエルミラー」を出してもらう。そして、立派な鉄道模型を作ることに熱中する。ようやく出来上がった模型は、スネ夫も仰天するような立派な仕上がりだった。「スモールライト」で小さく変身したのび太やしずちゃんたちは、大喜びで鉄道に乗るのであった。(『ドラえもん(39)』、「のび太の鉄道模型」より)
この作品のように、のび太は「うらやましい」ことに対し、努力してそれ以上のものを手に入れようとしている。ひみつ道具の力を借りたら自分もできる。そう信じているから、何ごとにもくじけない心を持てるのだ。
未来ののび太は、しずちゃんのハートを射止めて結婚に至る。彼女の心を動かしたのは、何よりのび太の優しさだ。のび太は仲のいい友だちだけでなく、ときに敵対するような相手にも優しさを発揮する。
ある日、のび太のパパは風邪をひいてしまう。のび太はドラえもんにひみつ道具「カゼをうつす機械」を出してもらい、パパの風邪を引き受ける。するとパパはすっかり元気になったが、のび太はひどい風邪に見舞われてしまう。そこでのび太は、憎いスネ夫にうつそうとするが、スネ夫のパパが心配しているのを見て、反省し、再び風邪を引き受けてしまった。それからジャイアンに会ったが、珍しくのび太のことを気遣ってくれる。結局、風邪をうつさずに通りすぎるのであった。(『ドラえもん(2)』、「このかぜ うつします」より)
のび太はどんな相手に対しても、心底憎んだり存在そのものを否定したりはしない。ときに仲間はずれにしてやろうなどと思うこともあるが、実行はできない。のび太は生来の優しさを持っているのだ。
のび太はよくジャイアンやスネ夫にいじめられるが、野球や何かの遊びのときには、いつも誘われる存在だ。優しさを持って人に接することで、協力者や理解者を得ることができる。そしてそれが幸せな未来の実現につながることを、のび太の生きかたが体現しているといえよう。
行動しても叶わない夢もある。のび太も、ひみつ道具の力を借りても失敗することはある。そこには、「叶う夢」「叶わない夢」の法則が隠されている。
あるとき、学校の裏山から宝が発掘された。のび太は自分の分の宝がなくなることを嘆き、ふてくされる。そこでドラえもんはひみつ道具「宝星探査ロケット」を出して、打ち上げてくれた。ふたりは小人の星へ行き、宝を探し当てることとなる。ところが、掘り起こしてみたら、宝はホコリのような小さなものだった。違う星では大きな金の円盤を見つけたが、それはただの硬貨であった。ふたりは、二度と宝探しをしないことを誓うのであった。(『ドラえもん(44)』、「宝星」より)
のび太の夢には非常識な欲に駆られたものがあり、宝探し関連の作品は30以上にも及ぶ。のび太の一生の夢の中には、宝島を発見する、埋蔵金を発掘するなど、現実味のないものもいくつかある。ひみつ道具を使って実現させようとするが、最後には「こんなことしなきゃよかった」という結果で終わる。
藤子先生は、子どもたちに叶う夢と叶わない夢の違いを教えようとしたのかもしれない。そして、自分でコツコツと地道に努力することの大切さを伝えたかったのだろう。
のび太は「ぼくだって」という悔しい思いをバネにしながら、夢に向かって挑戦し続けている。だいたい失敗に終わるが、それでも夢を描くエネルギーを失いはしない。
あるときジャイアンの提案で、「タケウマ乗りコンテスト」が開かれることになった。タケウマに乗れないのび太は、ドラえもんに泣きつき、22世紀からウマとタケの混血種「ウマタケ」を連れてきてもらった。のび太はウマタケで練習し、次第に乗り慣れてくる。
しかし、ウマタケはどこかへ逃げて、二度と帰って来なかった。落ち込むのび太に、ドラえもんはこう諭した。「これでよかったんだ。やっぱり、ほんとうのタケウマに乗るべきだ」。その晩、猛特訓を課されたのび太は、傷だらけになって練習し、見事タケウマに乗れるようになった。(『ドラえもん(1)』、「走れ! ウマタケ」より)
のび太の夢は一時的に、ひみつ道具によって実現するかのように見える。しかし最終的には、本人の努力や実践が不可欠であることを示す作品が多い。
そんななか、この作品は、のび太がひみつ道具に頼らずに、自力で夢を叶えたドラえもん短編マンガ史上、記念すべき作品だ。「ぼくだって」と、小さな目標に向かって果敢に努力することが、夢を叶えるのに重要なことなのである。
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