スピノザ入門[改訂新版]

未読
スピノザ入門[改訂新版]
出版社
出版日
2021年05月17日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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おすすめポイント

スピノザという名前は世界史や倫理の教科書に掲載されているので、記憶の片隅に残っている人はいるかもしれない。しかし、この、経験論に対抗する合理論の哲学者の著作を本格的に読解して、深い理解にまで至った人は、あまり多くないのではないだろうか。主著である『エチカ』は、抽象的な議論が多く、膨大な前提知識が必要とされるため、極めて難解な書物である。本書は、スピノザの著作に直接挑み、精読して、正確な理解を得るために有用な手助けを与えてくれるものだ。

この時代の哲学書を理解するために注意しなければならないのが、宗教との向き合い方や、神の概念の扱い方である。現代の日本で暮らす私たちは、「神が唯一の実体」とするスピノザの主張にいかなる重要性があるのか、なかなか実感しづらい。しかも、一般的に理解されているような「白い髭を生やした老人の姿をした全知全能の人格神」とは全く異なる、世界における法則や必然性、存在の全てを概念化したものとしてのスピノザの〈神〉は、当時においても革新的過ぎるものであった。だからこそ異端として破門されたのだ。

デカルトが打ち立てた近代哲学の基本的な問題意識を批判的に受け継ぎつつ、現代においてもたびたび言及されるほど、スピノザの考え方はラディカルで重要である。その知と理性に触れておくことは、物事の理解、発想の種になるだけでなく、豊かな議論を展開するうえでも役立つに違いない。

ライター画像
大賀祐樹

著者

ピエール=フランソワ・モロー Pierre-François Moreau
1948年生まれ。高等師範学校を卒業。1992年までソルボンヌ大学で教鞭を執り、現在、リヨン高等師範学校・文学人文科学部門名誉教授。現代フランスを代表する哲学史家の一人。PUFから刊行中の新スピノザ全集Spinoza-Œuvresの責任編集者で、その第四巻『エチカ』の仏訳を担当。

本書の要点

  • 要点
    1
    スピノザは多様な文化を背景として育ったが、哲学的観点からのユダヤ教についての議論を異端視され、共同体から破門されることとなる。
  • 要点
    2
    『神学・政治論』は、意見を偏見なく自由に論じることの重要性を説く。自由な議論の保証は、宗教と政治の両面において有益なものとなる。
  • 要点
    3
    『エチカ』では、世界の存在や法則を具現化した唯一の実体を神とする。理性知を十分に得た者だけがこの普遍的原理に至ることができる。
  • 要点
    4
    外的な何か、あるいは誰かの行為によって私たちのうちに情念が生じるのは、その何かが私たちに似ているという事実による。

要約

スピノザの生涯

多様な文化的背景
LeoPatrizi/gettyimages

スピノザは1632年に、アムステルダムのポルトガル系ユダヤ人共同体に生まれた。この共同体は、15世紀末の文化的黄金期にあったスペインでカトリックへの改宗を命じられた上に迫害を受け、ポルトガルを経由してアムステルダムに逃れてきた「改宗者」たちの子孫で構成されていた。そのため、イベリア半島の文化を受け継いでおり、日常生活ではポルトガル語を、文化的言語としてはスペイン語を用いていた。スピノザは、スペイン、ポルトガルの文化的遺産、カトリックの痕跡、カルヴァン諸派との対話、ユダヤ人としてのアイデンティティといった、独自の世界である共同体で育ったのだ。

スピノザは商売をする家に生まれて学校に通い、父の仕事を手伝ったのち、弟とともにそのあとを継いだ。1656年、哲学的な観点からユダヤ教における法に疑いを向けた咎により異端とされ、ユダヤ人共同体から破門される。

それから5年間の足どりは定かではないが、この期間に科学的な知識を吸収し、ラテン語世界の教養をマスターして、デカルト主義的かつ非ユダヤ的な世界との交流を深めていったようだ。人々から無神論者、有害な人物と批判されながらも、スピノザは草稿の執筆を続けた。1663年に『デカルトの哲学原理』を、1670年には匿名で『神学・政治論』を刊行している。1675年に『エチカ』の出版を試みたが「無神論の証明をしようとしている」との噂がたったことにより断念、1677年におそらく肺結核のため44歳で死去した。遺稿は友人たちによって整理され、その年末に刊行された。

『神学・政治論』

自由を擁護する

スピノザはいつも、時間が足りないと嘆いていた。生前に完結したものとして実際に出版されたのは『神学・政治論』のみであり、それも改訂版を出すには至らなかった。スピノザにとって、著述という作業は最高度の明晰性を不断に追求するものであり、著作から曖昧さを完全に排除するための戦いに終わりはなかったのだ。本要約では、本書で解説されているスピノザの著作のうち、2点を取り上げる。

『神学・政治論』というタイトルは、神学と政治の対比を主題とするという意味ではない。哲学する自由は、敬虔の領域としての神学と、国家の平和・安全を損なうものではなく、むしろそれらにとって非常に有益であることを示そうとしたものだ。哲学する自由とは、スピノザの時代において、理性を用いて諸科学を探究し、偏見を持たずに自由に論じることを意味していた。自由を擁護するのは、特に宗教的な観点から、自由に反対する者がいたからである。

神の言葉と哲学の自由

この著作はタイトル通り二部に分かれている。

第一部では敬虔について論じられ、敬虔が守られるための限界を明らかにする。そのために、まず預言などの啓示の「伝達」手段が分析され、次に聖書を考察する。そして最後に、神の言葉と哲学する自由との関係が定められている。

預言者は論証なしに真理を主張する点で、理性的な言説と相違がある。それは理性に訴える「知性の人」とは異なり、正義と愛を抱くよう人々に説く「表象力の人」なのだ。したがってその表現は実践的な論点にのみ関わっており、数学や政治など理論的な認識は語っていない。

しかし哲学に敵対する者は、預言は理性を超越しているとして、純粋に理性的な議論を拒絶するだろう。だからスピノザは、聖書の中に知性に属する部分を求めた。聖書は多様な時代、著者を背景とし、曖昧である一方、神の言葉はそれらに共通の不変の核となり、正義と愛の命令に帰結する。敬虔の本質はこのメッセージを自分のものとすることにある。そこには哲学する自由と対立するものは何もない。逆にその自由を禁じる者はむしろ敬虔と対立しているのだ。

国家論のための哲学の自由
Jorm Sangsorn/gettyimages

第二部の政治論で、スピノザは「社会契約」に依拠する。社会が自然や他者による害から人々を守れるように、人々が社会に対して自分の自然権を委譲して市民となる契約だ。

他の社会契約論者たちは、情念を自然状態に固有のものと捉え、国家の機能を妨げるものを抑制することのみ考えた。しかしスピノザは、情念とは人間の本質的な部分であり、契約の後に消えてなくなるものではないため、国家が脅かされるのは外的要因よりもむしろ市民の情念によると考えた。そのため国家は、情念を導くための武力以外の仕掛けを作るか、市民の欲求や利害を充足させなければならない。

国家が活用できる情念として宗教的情念があるが、これは崇拝していた王を憎むように大衆を扇動し得る諸刃の剣となる。近代国家は、市民の情念を安定させる方策として聖職者に対する統制権を持たねばならないが、そのために有効なのが、市民に表現の自由を承認、保護することである。

したがって、国家の具体的な支配権に合致しているからこそ、哲学する自由が認められねばならないのだ。

【必読ポイント!】 『エチカ』

世界に存在する唯一の実体は神

『エチカ』は五部からなる。

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要約公開日 2021.07.04
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