戦略的“暇”を行使していくためには、まず私たちが生きるデジタル社会がどのようなものかを知らなくてはならない。デジタル技術のもたらした恩恵は大きく、私たちがその技術と共にありつづけるためには、デメリットにも目配りしておく必要がある。
現代人は、スマホやPCの画面をのぞいているスクリーンタイムがどんどん長くなっている。若年層ではその時間がさらに伸びるはずだ。しかし、注視すべきは利用時間よりも「ながら」状態だという。断続的なデジタル機器の使用が、生活そのものをぶつ切りにしてしまう。アメリカのある調査では、スマホユーザーは平均5分に1回、スマホに触れていることが示された。そうすることで、複数のまったく関係のないタスクに集中が分散し、脳が過労状態となる。スマホが近くにあるだけで、私たちの注意資源は消耗させられるのだ。
スマホという外部記憶装置を使い、注意力散漫な状態になって、「いまここ」から意識が遊離した上の空の状態が続くと、自分のアイデンティティも変わってしまうかもしれない。短期記憶を長期記憶へと移行させるのも困難になり、「創造のための材料が足りない状態」に陥る。注意を傾けられないことによって、周囲から取り入れる外的情報や自らの五感を通して得る内的情報をつなぐことができなくなる。
特定のタスクや情報処理に集中するONの状態ではなく、何かに注意を払わずに済むOFFの状態にアイデアは降ってくる。その仕組みが「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」だ。これは安静時に発動する脳機能で、ぼんやりと思いに耽っている状態を指す。このとき、「記憶機能や自我機能に関する複数の部位が活性化して、相互に連絡を取り合っている」という。DMNのときには溜まった情報を脳が処理しており、その情報がぶつかりあってひらめきがやってくる。
Microsoft社の幹部だったリンダ・ストーンが行なった非公式の調査の結果、200人中の8割が、PCなどでメールをチェックしているときに呼吸が浅くなったり止まったりしていることがわかった。このことは、2023年の「ニューヨーク・タイムズ」に「スクリーン無呼吸」として紹介された。
人を含む動物は、何かの刺激に対して身構えるために呼吸のリズムを変える。獲物を捕らえたり脅威から逃げたりするときに、自らを守るために備わった機能だが、現代人は似たようなストレスにつねにさらされている。スマホを開けば、新しい、ランダムな情報がひっきりなしに入ってくる。その結果、脳はいつも興奮した極限状態に陥ってしまう。ストレートネックやスマホ腱鞘炎、手根管症候群などに見舞われながらも私たちがスマホの操作をやめられないのは、そうした興奮状態のせいなのだ。
スマホを延々と使い、デジタル機器に触れつづけている子どもたちは、1981年と比較して半分の時間しか外遊びしなくなっているというデータもある。運動は脳の血流量を増進し、海馬の増大にも一役買うという。身体を動かさなければ、前頭葉の働きが落ち、ストレスに耐えられなくなってスマホの誘惑に負けてしまう、という悪循環にはまってしまうのだ。
社会学者ハーバード・サイモンが提唱したアテンション・エコノミーは、「情報過多となった社会では注意資源が不足する」ことから、テック企業やメディアが「人の注意を集めるための戦略を追求するようになる」点を指摘したものだ。それはいま、過剰なまでに惹きつけるデザインとして実現している。その結果、「ユーザーのメンタルヘルスよりも滞在時間のほうが優先されてしまう」状況が生じているのだ。
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