宋名臣言行録

未読
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宋名臣言行録
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宋名臣言行録
出版社
定価
1,540円(税込)
出版日
2015年12月10日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
4.5
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おすすめポイント

陰謀渦巻く組織の中で、いかに立ち回り、志を果たすか。これは今も昔も変わらない、組織人の永遠の課題だろう。本書では、『宋名臣言行録』と通称される書物から、朱熹が編纂に携わったとされる北宋時代・8皇帝の治世の部分を取り上げて、時の名臣96人がどのように課題に挑んだか、その処世術が紹介される。『宋名臣言行録』は、唐代に著された政治問答集『貞観政要』と並んで、帝王学の2大テキストとして日本でも古来から読み継がれており、明治天皇も愛読したという一冊だ。

本書の魅力の一つは、紹介されているエピソードの「人間臭さ」である。ハッとするような名言が飛び出す一方で、科挙に首席で合格するような大人物たちが、足を引っ張り合ったり、つまらない失言で失脚したりする。その姿は身近なだれかに通じるものがあり、リーダーたちの心を惹きつけてやまないのもうなずける。

編訳者である梅原は、名臣たちの言動がどのような歴史を背景にしているのかという点を重視し、本文中には、丁寧な歴史背景の解説が加えられている。時代が移り変わる中で、価値観や、重用される人物の像が変わっていくのを追うのもまたおもしろい。北宋時代史として読み、現代の中国に息づく思想の源流を理解するための書としても意義深い一冊だろう。

宋の歴代皇帝に仕えた名臣たちの奮闘ぶりに、ぜひ注目してほしい。

著者

朱熹(しゅき)
1130―1200。中国・南宋の思想家。福建省生まれ。字は元晦。号は晦庵。諡(おくりな)は文公。北宋の周敦頤らの思想を継承・発展させ、儒学を新しい時代に適合させるべく巨大な体系を作った。著書に『近思録』『朱子語類』『朱文公文集』など。

本書の要点

  • 要点
    1
    政権争いには権謀術数のあらゆる手が使われる。そうした状況で生き抜く知恵を学ぶべく編纂されたのが『宋名臣言行録』である。
  • 要点
    2
    名臣たちの共通点の一つに、人を見る目があるということが挙げられる。優れた人材を登用するためには、人を信頼し、いつでも人材を探そうとする姿勢が重要である。
  • 要点
    3
    才能ある人物であっても、周囲の反感を買えば容易に失脚してしまう。複雑な人間関係の中を生き抜くことが偉業を成し遂げるための第一歩である。

要約

宋の始まり――太祖(たいそ)、太宗(たいそう)の時代

新時代の足場づくり

300年もの間続いた唐の時代が終わると、中国では小王朝が分裂と抗争を繰り返す戦乱の時代が幕を開けた。各地方の軍閥(節度使・せつどし)が力を持ち、勢力争いが繰り広げられたが、これに終止符を打ったのが宋の初代皇帝太祖である。太祖は節度使の勢力を削減するとともに、軍事力を中央に集めた。

太祖は一見豪快に見えるが実は繊細で、日本人に例えていうなら豊臣秀吉に似た人物だったという。治世は16年、太祖の時代に、宋王朝の基礎が作られたといえるだろう。

第2代皇帝となったのは太祖の弟の太宗で、こちらは狸爺と呼ばれた徳川家康に似て、老獪な人物であったそうだ。科挙制度や塩の専売制度、財政制度など、宋の主要な制度は太宗の時代に整備される。

世渡り上手な文官、竇儀(とうぎ)
pengyou91/iStock/Thinkstock

建国当初に年号を改める際、太祖はこれまでにないものにするように宰相に命じた。そして、「乾徳(けんとく)」と定まった。が、年号制定後の乾徳3年に発見された化粧道具に、なんと「乾徳4年鋳造」という字があることが発見された。驚く太祖に対して宰相たちはだれも理由を答えられなかったが、文官の陶穀(とうこく)と竇儀によって、前蜀(ぜんしょく)の王衍(おうえん)の時に「乾徳」という年号が使われていたことが明らかになった。太祖は大いに喜び、「宰相にするには読書人でなければいけない」と嘆息した。このことは、太祖が文官を重用し、科挙による中国官僚制度を打ち立てるきっかけとなった。

また竇儀は、処世術も有した智慧者であった。第2代皇帝太宗の時代には、宋建国最大の功労者といわれる趙普(ちょうふ)が権勢を振るっていたが、太宗はそれを快く思っていなかった。ある日太宗は竇儀を呼び出し、趙普の落ち度を語り、竇儀の才能をほめたたえた。しかし竇儀は取り合わず、趙普がいかに功臣であるかを述べたので、太宗は機嫌を損ねてしまった。

帰宅した竇儀は弟たちにこう言った。「わしは絶対に宰相にはなれぬが、しかし海南島に行かされもしない」。

竇儀のあとに呼ばれた盧多遜(ろたそん)は、趙普への恨みと皇帝のご機嫌取りで、太宗に同調して趙普を攻撃した。そのせいで趙普は宰相を追われて左遷されてしまう。盧多遜は宰相になったが、のちに趙普が宰相に返り咲くと、海南島に流されることとなった。竇儀の言葉通りになったわけである。

人を使うことに長けた名宰相、呂蒙正(りょもうせい)

呂蒙正は、太宗の時代に行われた科挙で、皇帝が同席する最終試験である殿試(でんし)の、最初の首席合格者である。その後もどんどん出世し、太宗時代の終わりから第3代皇帝真宗の時代まで合計9年も宰相を務めた。

呂蒙正は度量の大きい人物で、他人の過失を覚えないようにしていた。

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