未来をつくる言葉
わかりあえなさをつなぐために

未 読
未来をつくる言葉
ジャンル
著者
ドミニク・チェン
出版社
定価
1,980円(税込)
出版日
2020年01月20日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
応用性
3.5
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わかりあえなさをつなぐために
著者
ドミニク・チェン
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定価
1,980円(税込)
出版日
2020年01月20日
評点
総合
3.7
明瞭性
3.5
革新性
4.0
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3.5
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レビュー

国境は閉ざされ、人々は同じ場所での待機を強いられている。コロナの感染が拡大するとともに、私たちの生活は一変した。どこにも行けず、誰にも会えない。抗えない閉塞感の中、ともすれば心も閉ざされてしまいそうな鬱々とした気配に満ちている。

「わたしたちは互いに完全にわかりあうことなどできない」。本書の最終章で、著者はこういう。しかし、だからこそ「わかりあえなさを互いに受け止め、それでも共に在ることを受け入れる」。そのための技法が「コミュニケーション」であるというのだ。

この数ヶ月で世界は様変わりした。もちろん、著者がこれを予期していたはずはない。だが、本書の副題にある「わかりあえなさをつなぐ」ことが今こそ必要だと感じるのは、要約者だけではないはずだ。

世界は分断の危機に直面している。しかし、著者はいう。「『言語』の持つ力によって、世界を覆う多種多様さをつなぎとめ、それらの間を行き来することができる」と。そうだ、私たちは言葉という乗り物に乗って、自由に行き来できるのだ。そして私たちは、言葉によって自身の認識を変え、未来をつくることもできる。

そんな可能性さえも提示してくれる本書は、気鋭の情報学者、ドミニク・チェンによるアンソロジーである。「言葉」「関係性」を軸に、話は哲学、武道、アート、テクノロジーにまで及ぶ。コミュニケーションとは、かくも多様で自由なものだと気付かされるだろう。

矢羽野晶子

著者

ドミニク・チェン
1981年生まれ。博士(学際情報学)。NPO法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(現コモンスフィア)理事、株式会社ディヴィデュアル共同創業者を経て、現在は早稲田大学文化構想学部准教授。一貫してテクノロジーと人間の関係性を研究している。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』(フィルムアート社)、『謎床』(晶文社、松岡正剛氏との共著)、監訳書に『ウェルビーイングの設計論』(ビー・エヌ・エヌ新社)など多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    それぞれの生物に立ち現れる固有の世界を環世界という。人間は自然言語という環世界を得て、飛躍的な変容を遂げた。
  • 要点
    2
    西洋哲学の弁証法「正反合」は、内容よりも構造の正しさが優先される。一方、武道などで発展してきた「守破離」は、主観的かつ身体的な体験を基幹とする。
  • 要点
    3
    他者の表現に接する時、そこに現れる環世界が自分の世界認識に染み込んでくる。

要約

環世界

領土と環世界
jyugem/gettyimages

フランスの哲学者ジル・ドゥルーズは、代表作で「脱領土化」という哲学的コンセプトを発表した。それは、未知の領域へ向けて足を踏み出す以外に、新しい知識を獲得できず、自分のいる領土の輪郭を認識することもできない、というものだ。領土を脱した後は、別の場所を領土化し、また脱して領土化する……。わたしたちはこれを繰り返しながら、無数の世界を行き来するようになる。

ドゥルーズの「領土」という概念は、生物学者フォン・ユクスキュルの「環世界(かんせかい)」という概念に依拠している。環世界とは、それぞれの生物に立ち現れる固有の世界を指す。

地球には鳥、昆虫、魚類、哺乳類など様々な生命体が存在する。生物によって身体の知覚様式が違うため、それぞれの認識や構成の異なる環世界が存在する。言葉を扱う人間の場合は、生物学的な環世界の上に、さらに時間と空間を抽象化して扱う、言語的な環世界が重なる。

ドゥルーズは一貫して「哲学者の仕事は新しい概念を発明することである」と主張していた。映画監督が新しい映画を作るように、哲学者は哲学言語的にしかできない、固有の「領域」を切り開く。この時、それぞれの表現には、その形式固有の環世界が立ち現れるのだ。

文字の共感覚

日本人の母親と台湾出身の父親の間に生まれた著者は、幼少期より複数の「領土」を行き来してきた。著者の父親は、ベトナム語、英語、フランス語、日本語、中国語を操る多言語話者であった。そして、日本に留学中にフランスに帰化。著者はアジア諸国の混血でありながら、東京でフランス国籍者として生まれ、幼稚園から小学校卒業までフランス人学校に通ったという経緯がある。

著者は小学生の頃、「国」という漢字がなぜこのような形なのかと不思議に思ったという。「玉は人間の魂で、魂が入っている箱」という仮説を立てた。結局、この仮説は間違っていたが、字形を自由に解釈できる自由度があることに、強烈な面白さを感じた。

表音文字であるフランス語は、それ自体に意味を持たないアルファベットで成り立つ。人が恣意的に決めた人工的な組み合わせに、意味が当てはめられていく。それに対し、漢字は意味そのものや、なぜその形になったのかという来歴まで埋め込まれている。

著者は二つの言語を行き来するうちに、アルファベットの文字が人格を持つという、奇妙な共感覚の芽生えを覚えた。共感覚とは、音に色を感じたり、視覚で匂いが引き起こされたりするような、異なる感覚同士が連関する心理現象だ。漢字の象形を認知するように、アルファベットを認知するようになったのかもしれない。

受容体としての言語
Stadtratte/gettyimages

人間の環世界は、自然言語の獲得によって飛躍的な変容を遂げた。言語は地域や風土などの環境に合わせて多様化していく。

精神分析家のジャック・ラカンは「人の無意識は言語のように構造化される」と説いた。ここでの「無意識」という言葉を「身体が言語に頼らずに世界を知覚する様式」と読み替えてみる。すると、言語と身体の関係性は、双方のフィードバックを介して結ばれているイメージが持てるだろう。そして、言葉とは、現実世界で起きた現象を、無意識から意識へ受け渡すための「受容体」としても捉えられる。

たとえば、線香花火のように一瞬現れてすぐ消えてしまう時の印象は、日本語では「儚い」という短い形容詞で表現される。これをフランス語にするとéphémère(エフェメール)という文語が相当するが、口語としては大げさで長すぎる。このように、一つの現象に対しても、言語によってそれぞれ固有の認識が伴うのだ。同時に、特定の言葉の発動につながる知覚の流れも並行している。

西洋と東洋

正反合

著者はフランスの学校で、執筆行為が構造に従う「技法」であることを、徹底的に教え込まれた。フランス語は、話し言葉と書き言葉の違いが日本語より多い。なかでも無音文字はその代表だろう。人文系の授業では、詩や文学作品のテキストを支えるルールを学んだ。16〜17世紀の詩人たちの作品をもとに、まずは構造分析を徹底して行い、その後に意味内容の解釈をする。内容は二の次で、作家が何を志向して書いたかが最重要とされた。

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