「納得できません!」
日吉慶子は激怒した。日吉はITサービス専業の中小企業「UDサービス社」の若手社員だ。
「この見積金額で合意したはずです。約束を守るのは、ビジネスの基本ルールです」
イスから立ち上がり激昂する日吉に対し、
「悔しかったら、ご自分でビジネスを取ることですね」
と切り返すのは港未来である。4万人の社員を抱える大手ITサービス会社「トライアンフ社」。港はそこの購買部・担当課長を務める才媛だ。
下請けに対する一方的な値下げ強要であったが、結局は引き下がらざるをえなかった。金額も合意し、作業が終わっている上での理不尽な要求である。
ITによる中小企業の経営変革を実現してきたUDサービスは、日吉の憧れだった。いざ入社してみると往年の勢いはすでになく、長期の低迷を続けている。それでも日吉は「この会社を世界一の会社にして、日本を元気にする!」という気持ちを胸に、現場の第一線セールスとして活躍していた。
今回の商談の1週間前、入社5年目となった日吉に転機が訪れていた。27歳にして新規事業開発リーダーに指名されたのだ。この仕掛け役となったUDサービスの創業社長・祐天寺大介は日吉を「アニマルスピリットの持ち主だ」と評価する。次々と前向きに挑戦し、仕事を楽しんでいる。その「アニマルスピリット」が新規事業による成長に必要だと考えたのだ。
新たに3人の部下がつくことになる……はずだったのだが、UDサービスの待遇への不満を主な理由として2人が退職、残ったのは同期社員1人だけとなった。
「お世話になりマスッ! マルクス・ハマーと申しマスッ!」
そこにいきなり加わってきたのが、流暢な日本語を操るマルクスだった。米国のマーケティング研究者で、日本企業の知見を深めるために入社してきたという。
マルクスは、トライアンフ社からのひどい扱いをUDサービスが甘受せざるを得ない現状について、その原因を「マーケティングをまったくわかってないこと」だと指摘した。マーケティングを武器にできれば、UDサービスは世界一になるし、日本も元気になるのだとマルクスは息巻いた。
「マーケティングって、要は広告や宣伝でしょ」
そう言う日吉に対し、マルクスは反論した。マーケティングの神髄は「ビジネスでいかに価値を生むか」を考え抜くことだ。「成長が止まるのは、市場の飽和でなく経営の失敗」である。「あらゆる製品は、陳腐化を免れない」からこそ、「自ら成功の要因を作り出すしかない」。
そして、「得意先を絞り込む戦略だけでは衰退する」ことも告げる。
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