長い歴史の中で、商取引は人類の発展に重要な役割を果たしてきた。にもかかわらず、企業は社会と調和する関係を未だに築けていない。紀元前1世紀の中国で、政府役人が「我々は、公民の富を搾取する悪徳商人を打ち崩す。彼らの攻撃的かつ威圧的な態度に、屈しない」と声を上げたというが、これは世界中で言い尽くされた主張ではないだろうか。トーマス・ジェファーソンやセオドア・ルーズベルトといった米国史上に輝く大統領たちも、傲慢な大企業に対する市民の怒りを味方につけて、社会正義の名のもとに、企業へ制裁を加えたことはよく知られている。
信頼度調査「エデルマン・トラスト・バロメーター」の2014年の結果によると、ビジネス・リーダーを信頼すると答えたのは、世界中の回答者の18%にすぎなかったという。商取引で大きな富を成した企業に対する不信感は、現在も変わらなく存在する。
大富豪たちの搾取の歴史は長いものの、信頼のブランドを築き上げた企業がなかったわけではない。
雇用者を尊重し、市民社会と密接に関わることで企業ブランドを築いたのが、アメリカのハーシーズと、イギリスのキャドバリーである。ともに、チョコレート・メーカーの大御所として、現代でも世界的に名の知れた企業だ。両社の躍進の原点には、創業者の進歩的な考えがあった。保険、ヘルスケア、雇用者子弟のための学校、年金、低利子の住宅ローンなど、19世紀後半から20世紀初頭ではほとんど考えられなかった福利厚生を、雇用者に供与した。雇用者や社会的評判によって企業ブランドが築きあげられることを、彼らは理解していたのだ。
また、彼らは、地域社会に貢献することも忘れてはいなかった。ミルトン・ハーシーは私財を投げうって孤児院を設立し、ジョージ・キャドバリーは、52年間に及び、週末に労働者階級が住む地域にある学校で教鞭を執ったという。
全米産業審査会が最近行った調査によると、ビジネス・リーダーたちにとって、企業の「評判」と「ビジネスにおける信頼」は、優先順位のそれぞれ、6番目と10番目に位置する。彼らは、この二つよりも、人的資本、卓越した企業運営、法令・規則などをより気にかけているのだ。
確かに、「評判」の基準はあいまいだし、人々も企業の行為を常に理性的に受け止めているとは限らない。しかし、「評判」や「信頼」の度合は、危機的状況の回避に大きく影響し、大企業の命運さえも決定する。我々は、企業を人間のように扱う傾向がある。信頼がおけると思っていれば、間違いを起こしても許してしまう。しかし、望ましくない過去があると、言い訳に耳を貸そうともしない。
一時的な危機管理は、失われた信頼を補うものではない。評判は、企業が社会とかかわりあって、長い年月をかけて培った結果のものである。蓄積された信頼――「信頼の泉」は、企業の最も大切な資産の一つであると、著者は力説する。
社会的信頼をたくわえ、それによって危機を乗り越えた企業のひとつに、ヘルスケア商品で知られるジョンソン・エンド・ジョンソンが挙げられる。
1982年、同社が製造販売する鎮痛薬タイレノールの服用により、7名が死亡する事故が発生した。タイレノールは同社の看板商品である。何者かが意図的に、この鎮痛薬カプセルにシアン化合物を混入したことが原因であった。タイレノールの市場占有率は、37%から7%以下に落ち込み、企業価値は、14%も下降した。しかし、翌年の春までに、タイレノールは元通りの市場占有率を取り戻し、ジョンソン・エンド・ジョンソンも模範的企業と称えられることになったのである。
事故が起きる3年前、当時のCEOであったジム・バークは、企業理念を改めて見返していた。企業の第一の責任を「製品やサービスを使用する医師、看護師、患者、母親、父親をはじめとするすべての顧客」に対するものであると定め、全社員や地域社会、株主への責任についても言及し、すべての責任を全うすることで「株主は正当な報酬を享受する」と述べたものだ。バークは、この理念が失われつつあることを懸念し、改めて企業理念をビジネスの柱と意識するよう、社内に徹底した。
同社が理念に沿ったビジネスを心がけたことは、企業の信頼につながり、得がたい基盤を築くことになった、とバークは当時を振り返っている。事故が起きたときも、ジョンソン・エンド・ジョンソンは企業理念に沿って見事に対応した。同社は、全てのステークホルダーに対してフェアプレーに徹した。消費者の安全のために、商品リコールや、関連工場の閉鎖などに1億ドルの経費を投じた。迅速に消費者相談のフリーダイヤルを設置し、メディアからの2500件を超える問い合わせにも対応した。結果として、メディアが味方につき、同社はこの事件の犠牲者であるという感慨を社会全体が持つようになった。
同社がこの危機的状況に際して行った行為とともに、事故以前の会社にたくわえられた「信頼の泉」が、このような素早い回復に貢献したと著者は指摘する。信頼があったからこそ、同社の事故は社会に許されたのだ。
うまく社会との関係を築いた優れた企業はあるものの、企業と社会の不調和は今もなくなったわけではない。リーマンショック以降の金融機関への不信もその現れのひとつと見ることができる。社会が企業に求めるものはますます大きくなっている。ビジネスが目指すものとして、株主価値の最大化は、現在も企業にとって主流の考え方であるが、ここまで見てきたように、ビジネスはそれだけで単純に成り立つものではない。
企業と社会をつなぐ考え方として、「企業の社会的責任(CSR)」というものがあるが、これはすでに形骸化していると著者は述べる。
CSRは、20世紀以降、特に大手企業にとって、企業と社会をつなげる標準的なシステムとなり、米国大手企業による慈善活動への寄付金は約200億ドルにも及んだ。しかし、このような努力にもかかわらず、CSRは企業と社会を強く結びつけるという目的を達していない。
市民にとって、CSRは単なる企業の宣伝に見えてしまう一方で、企業においてCSRは中核的な活動と隔離されてしまっている。アメリカの大手エネルギー会社、エンロンで、株主への不正行為が行われているときに、かたや同社のCSRチームは多数の賞を受賞する活躍ぶりだったという事例からも明らかである。
企業と社会の不調和を解消するためには、企業は、社会における企業の存在意義を熟慮し、それと企業戦略を各オペレーション・レベルで、深く統合させる必要がある。これを実現するのが、「社会とつながるリーダーシップ(connected leadership)」である。
この新しい在り方において、企業の成功は、顧客や投資家だけでなく、従業員、規制当局、政治家、活動家、NGOから環境やテクノロジーといった外部との関係に大きく依存する。
社会とつながるリーダーシップは、下記の四つの大きな柱から成る。
(1)自社の立ち位置を捉える
(2)自社が貢献できることを明確にする
(3)一流の経営を行う
(4)外部と徹底的に関わりあうこと
一つ目の柱「自社の立ち位置を捉える」では、自社の事業活動を取り巻く、世の中の変化を見極めることが含まれる。考慮すべき項目には、マクロ経済環境、業界全体の考え方、ステークホルダーや従業員からの期待などがある。
二つ目の柱「自社が貢献できることを明確にする」については、次のようなことに取り組むとよい。まず、企業に対する不当な誤解がある場合はそれを正し、不合理な規制と闘うこと。それから、業界全体が誤った方向に向かっているときは、それを正すこと。また、どのようなことをするにしても、業界、政府、市民との協調を大切にすることである。
三つ目と四つ目の柱は、実践のフェーズにあたる。
「一流の経営を行う」ためには、企業トップのリーダーシップが不可欠である。かつてのCEOは、財務実績について最大の関心を寄せていればよかったが、現在では、社会への貢献度を証明することが重要な責任となっている。その認識の上でリーダーシップを発揮して、社会への貢献と中核事業を融合し、それを従業員の日々のオペレーションにダイレクトに落とし込むことが必要である。
「外部と徹底的に関わりあう」姿勢はおそらく四つの柱の中で一番重要な要素だ。この姿勢とはつまり、徹底的にオープンであることを意味する。企業は、来るべき機会のために、重要なステークホルダーと定期的に連絡を取り合い、彼らを味方につけておくことが重要だ。そして、明確な言葉でコミュニケーションを図るようにする。オープンであることは、簡単に聞こえるが、企業がこれまで取ってきた、情報の流れをコントロールするような態度とは相反するものである。
企業がオープンな姿勢をとることで成功した取り組みを、著者がかつてCEOとして職務を果たしていたBPを例に挙げて考えてみることにする。BPが液化天然ガスのプラント建設の候補地として選んだのは、インドネシアのビントゥニ湾周辺地区である。そこでは、美しい自然の中、島民たちが宗教の違いを超えて平和な生活を送っていた。
建設に先立ったミーティングにおいて、地元の長老はBP側に、信教の異なる住民たちの和を乱すことは許されない、と伝えた。
そこで、BPは、第三者による諮問委員会を設立することにした。委員会では、地元の懸念を傾聴した上で協議する。また、BPの活動を調査し、調査結果はBP社に関与を受けずに開示する。諮問委員会のメンバーには、政府間交渉に実績のあるアメリカ上院議員、英国の元国連大使、ジャカルタ新聞の元編集者、地元の宗教リーダーが指名された。この諮問委員会を設けることで、BPは不必要な対立を回避するだけでなく、同社への信用を勝ち取ることに成功した。また、諮問委員会メンバーの独自の視点と専門性は、BP社のチームに多くの洞察や示唆を与えた。
世界最大の広告宣伝会社WPPのCEO、サー・マーチン・ソレルは、この20年間にビジネスにおいて激変したことは、テクノロジーの発展と、経済の中心が東方諸国に移ったことだという。これらの要素は、将来の企業と社会の関係を根本から揺さぶる可能性がある。現在、社会との関係性において成功している企業であっても、新しい環境に適応する必要は必ず生じる。著者は、現代ほど、長く歴史の中で存在し続けたアンチ・ビジネスのサイクルを断ち切る絶好の時はないという。企業は、今こそ保守的考えから自らを解放し、コネクテッドリーダーシップのもとに、社会と調和し、共に繁栄する未来を手に入れるべきだと著者は主張する。
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