「終活スナックめめんともり」は、東京下町の一風変わったバーだ。スナックには定番のカラオケがないかわりに、棺桶が置いてあって、来店客は入棺体験ができる。店内ではお墓の話で盛り上がるグループ、理想の死に方を付箋に書き記すグループなど、それぞれが死について語り合っている。
不思議なことに、自分の死について考えると「もっと生きたくなった」「やりたいことをすぐにやっておこうと思った」「周りの人への感謝の気持ちが湧いてきた」と、生きることに前向きな発言をする人が多い。それはきっと、自分のゴール地点をイメージすることで、限られた時間をどう過ごしたいかが自然と見えてくるからなのだろう。
自分や大切な人の死について考えるのは確かに怖い。だが、死は等しく誰にでもやってくる。だからこそもっと気軽に、死について考えてみよう。そうすれば、普段当たり前のように見えている景色がまた違ったものに感じられることだろう。
20代後半、著者は当時55歳だった母を見送った。元気だった母が突然「急性リンパ性白血病」に罹患し、治らない病気ではないと言われたものの、治療は想像以上に苦痛を伴うものであった。骨髄バンクでドナーが見つかり、これで助かると安堵したが、骨髄移植にまつわる治療も過酷を極めた。毎日続く痛みとの戦いで、母は「もう生きていたくない」と言うほどだった。
その苦しみから解放されぬまま、病気が再発したことと、余命が1ヶ月であることが告げられた。残された時間が少しでも充実したものになるよう、著者はできる限り一緒に過ごすことにした。外泊許可を得て家族で最後の旅行へ行き、一度だけ自宅へ帰ることもできた。思い出の料理を食べ、椅子に座って猫を撫でているときの母は、穏やかな顔をしていた。
余命宣告からちょうど1ヶ月で、母は静かに息を引き取った。
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