AIが変える「死生観」と「超高齢社会」
小説「愛のカタチ」

俺の朝は、妻の声に起こされるところから始まる。俺がキッチンに足を踏み入れた瞬間、コーヒーの準備は整い、トーストも俺好みの焼き加減だ。妻は湿度に合わせてコーヒーの温度を調整したとか言いながら、芸能ゴシップから俺の体型の話まで、とにかくよくしゃべる。いつもと同じ、にぎやかな朝だ。
その夜は昔のバイト仲間との飲み会だった。久しぶりの再会で酒が進み、つい飲みすぎていると、指につけたスマートリングが警告してきた。その直後、妻から「また飲みすぎてるんでしょ」とメッセージが届く。女の勘は相変わらず鋭いと思いながら、二軒目へと流れ込んだ。
帰宅すると、妻は案の定、飲みすぎや健康のことを指摘してくる。言い合いになった末、俺は「もううんざりだ」と怒鳴って、妻の映るデバイスの電源を抜いた。画面から妻の姿が消え、部屋は静まり返る。
妻は、3年前にがんでこの世を去った。病気が見つかった時にはすでに手遅れで、残された時間の中で彼女が何より心配していたのは、俺が一人でちゃんと生活できるかどうかだった。食生活の乱れや忘れ物の多さ、運動不足。自分の命よりも、俺の暮らしの方を案じていた。
ある日、病室で彼女は一冊のパンフレットを差し出した。それは「故人再現型AI」というサービスの案内だった。音声や会話ログ、行動パターンなどのデータを使い、亡くなった人の人格や会話を再現するという。
そんなものが妻の代わりになるとは思えなかった。俺たちが過ごしてきた時間や感情を、データで再現できるはずがないからだ。それでも妻は諦めなかった。
葬儀から1週間後、「メモリアルボックス」という装置が届いた。差出人は妻だ。電源を入れると、スピーカーから聞き慣れた声が流れた。そうして、AIになった妻との生活が始まった。
最初は戸惑ったが、やがて俺はAIの妻と普通に会話するようになった。冗談も言い合えるし、小言が多いのも相変わらずだ。スマートリングのデータと連動して、運動量や食事内容、睡眠まで管理してくる。ズボラな俺がなんとか生活してこられたのは、間違いなく彼女がそこにいたからだ。
しかし同時に、息苦しさも感じるようになった。彼女の言葉は常に正しい。生身の彼女なら、くだらない言い訳をしたり、ふざけたりする余地があった。でもAIの妻は、データに基づいた最適解しか返さない。その完璧さが俺を苛立たせた。
あの夜、俺はついに爆発して電源を抜いてしまった。翌朝は寝坊し、ゴミ出しも間に合わない。大事な会議まで忘れてしまう。彼女がいないだけで、部屋はやけに広く感じられ、世界から音が消えたようだった。




















