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岡藤の原点
下町での日々、結核、東大合格

岡藤は大阪市生野区の下町で育った。父親は野菜の行商で小さな成功を手にしたものの、酒に溺れ、日銭を飲み代に使い果たす生活を送っていた。何軒も飲み歩く父親を捕まえようとする母親の姿が不憫でならなかった。そんな父親を反面教師にし、経営者としての戒めを岡藤は学んでいた。母親はこう言って聞かせた。「将来は大企業に入ってサラリーマンになるんよ」
中学で目標となる友人に出会った岡藤は、学区一の進学校へ進学した。受験を目前にして父が急死してしまったが、「俺が東大に行ってこの状況を変えてみせる」と決意する。ところが岡藤は結核を患い、痩せ細った状態で受験に臨むも不合格。翌年は東大紛争の影響で入試自体が中止へ。強い劣等感が押し寄せてきた。この世界には光と影が存在し、自分は「影の側」にいると思い知らされたのだ。
それでも二浪の末に東大合格を果たしてからは、順調に大学生活を送り、意気揚々と伊藤忠商事に就職した。1970年代前半、石油危機が日本経済に暗い影を落とし始めた頃のことである。
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【必読ポイント!】 葛藤、屈辱、そして開いた扉
「岡藤は使えない」~辛辣な評判
岡藤は希望通り大阪の繊維部門に配属された。だが、初日の新人お披露目会で、妙な気負いから、伊藤忠の大物を批判してしまい、悪評が広がった。入社直後の海外留学試験にもあっさり落とされてしまう。




















