本書の要点

  • 世界には、目には見えないが「境界の働きを持つ線」が無数にある。

  • 竜巻が多発する北米中西部は伝統的に「竜巻回廊」と呼ばれている。だが最近は南東部のほうが発生率が高く、被害も大きくなっている。

  • イギリスのイーム村はかつて黒死病に見舞われた。しかし、自主的に隔離することで外への黒死病の蔓延を防いだ。この事例はパンデミックの重要なケーススタディである。

  • 北アイルランド地方にある「平和の壁」は、心理的な境界線が物理的な形として現れた例である。

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「見えない境界線」とは何か

境界の働きを持つ線

私たちの日常に存在する様々な境界線。それは、目には見えなくても私たちの行動を決めている。たとえばパジャマで出歩くことができる範囲や、外に出るときに靴を履くなど、人々は無意識のうちに境界線を定めている。これは人間に限ったことではなく、動物も匂いや音でテリトリーを区分けしている。本書で扱うのは、こうした一方の側ともう一方を区別する、境界の働きを持つ線だ。見えない線は無数に存在する。その中でも空間的な広がりを持ち、そして地図に記載できるものを本書では「境界線」と定義する。ここで重要になるのは、国境などに代表される知名度の高い境界ではなく、ごく限られた人々にしか認知されないものの、それを知っている人には大きな意味を持つ線である。境界線は、人間が引ける線のなかで一番容易な線だ。私たちは世界の複雑さを目の当たりにすると、それを単純化したいという欲求にかられる。そこで線を引いてしまえば、ある程度コントロールしやすくなるし、世界の複雑さを忘れることができる。世界を理解したい、その一方で自分の好むかたちに変えたい――。こうした人の営みを要約したものが境界線といえるだろう。

影響力の大きい「見えない」線

Vitezslav Vylicil/gettyimages

ではなぜ、本書ではそうした線を「見えない線」と表現するのだろうか。例えば「立ち入り禁止」と書かれた看板は、目に見える境界がなくても私たちの進行を止めてしまう。そしてその看板が撤去された後も、「ここと向こう側は何かが違う」といった印象を抱かせるだろう。つまり、ほとんど気づかれないようなものでも、私たちに影響を与えている境界は数多く存在するのだ。私たちは潜在意識の奥底で「自分たちがどこに属しているか」「周囲のどこに違和感を抱くか」を感じ取っている。見えない線を知る、ということは他の世界と関わるうえで重要な意味を持つ。本書では世界への理解を助け、世界に対する見方が変わるような境界線を紹介していく。

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境界線はあらゆる場所に存在する

竜巻回廊

境界線は地球を理解する基礎になる。ある場所が、他の場所とどう違うのかを考えさせてくれるからだ。例えば赤道は、季節や地球の天体運動や海流などの豊富な情報を提供する。そんな自然環境にまつわる境界線の中から、北米の竜巻回廊を紹介する。竜巻は南極大陸以外の全ての大陸で発生するが、中でも北米大陸の中西部(ネブラスカ州、カンザス州、オクラホマ州など)は竜巻の発生が多いことで有名だ。この一帯は伝統的に「竜巻回廊(トルネードアレイ)」と呼ばれている。だが最近は竜巻回廊の外の地域、特に米国南東部の州でも多くの竜巻が発生している。たとえばテキサス州では年間最多の竜巻発生数が報告され、全米で最も竜巻の多い地域はミシシッピ州のスミス郡である。同地域は、竜巻回廊よりも被害が大きいことも特徴だ。トレーラー・ハウスに住む人が多く人口密度が高いため、竜巻の危険にさらされる人数が多い。一方竜巻回廊の諸州では、学校や会社で定期的に訓練が行われていたり、地下室を持つ家も多かったりと、住民の防災意識が高い。全米における竜巻多発地域は竜巻回廊に限らないのに、いまだに「竜巻=南西部」というイメージは根強い。その理由の1つに、『ツイスター』や『オズの魔法使い』などの映画の影響がある。広大な草原のなかに竜巻が突如出現する映像は、人々の脳裏に鮮烈な印象を植えつけた。いずれにせよ、気候変動や人口動態の変化によって、境界線は変わっていく。実際、現在は全米の40%で竜巻が頻発しているため、「回廊(アレイ)」という呼び名も適切ではないかもしれない。今後はその境界を定義し監視することが、従来の竜巻回廊の外の住民の安全を確保するうえで重要になってくるだろう。

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要約公開日 2024.08.10
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